内容説明
自らガラス窓に頭からとびこみ、自分の流す血を他人との戦いの武器としていたコックの清作は、母の自殺未遂を機に電車の車掌になる。非合法活動にのめりこんだ清作は警察に検挙され、常に特高に監視される身になる。御し難い力に衝き動かされていた過去の自分を一個の“死体”として突き離して眺めることにより自由の可能性を追求した、自伝的告白小説。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Viola
7
椎名麟三の自伝的フィクション。冒頭から、過去の自分を死人だと語るのは、単に荒れた生活から足を洗っただけではないことが、最後に暗示される。「私の聖書物語」でも書かれた愛に対する自分への幻滅がここでも表される。その人のために命を捧げられるか、という自問自答である。不遇な少年時代を経て何のために生き、何を拠り所にしたらいいのかわからず迷走し、むやみに愛を口にする彼の姿は痛いほどだ。必死に生きる者とそれを見る超越した視点がユーモアを生む、との解説に、彼の小説の原点を見た気がする。2016/05/10
e.s.
2
会話文で複数混在していた主人公の一人称が、しだいに「僕」に収斂して行く。「僕」は、作品の冒頭で話者も使用する一人称だが、過去の自分を「死体」として表現する写真に対して、神の下に蘇った話者が行う「僕」の生成の叙述は、現前的な表現を志向していると言える。その時、「僕」とは、「神の僕(しもべ)」であって、その表現を保証するのは神である。2015/11/26
コノヒト
1
自伝的小説だという。作者は過去の自分をモデルにした主人公に対して、愚かだ、滑稽だ、と事あるごとに書いて、突き放しているようで、その実、愛情は感じられる。決してセンチメンタルだけではない愛情が感じられる。そのむずがゆいような憐憫は、椎名麟三を初めて読んで衝撃を受けていた頃の私に向けて現在の私が抱く感覚と重なる。あんな、形而上的な観念で頭をいっぱいにして、それを考え抜く能力も素養も無いのに、深刻ぶりたがっていた二十歳の私を、今、余裕をもって眺めていられるということに気付かせてくれる読書で、年経る功徳。2016/04/18
yunomi
1
日本の戦後派作家の中では、実は椎名麟三が一番好きだ。何というか、書いている事に嘘が無いというか、悲惨な状況をただただ悲惨なまま写し取っているだけというか、それはこの作家が思想というものと全く無縁だった証なのかも知れないけれど、だからこそプロレタリア文学という枠では捉えられない様な伸びやかな開放感がある。情けな過ぎて笑えてしまう独特のユーモアも、そこから来ているんだと思う。2010/11/26
wadafumiya
0
ガラスを突き破る心情はとても良くわかる。中学の時はいずれ突き破ってやるとおもうていた。2011/11/06
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