内容説明
大寺さんの家に、心得顔に一匹の黒と白の猫が出入りする。胸が悪く出歩かぬ妻、二人の娘、まずは平穏な生活。大寺と同じ学校のドイツ語教師、先輩の飲み友達、米村さん。病身の妻を抱え愚痴一つ言わぬ“偉い”将棋仲間。米村の妻が死に、大寺も妻を失う。日常に死が入り込む微妙な時間を描く「黒と白の猫」、更に精妙飄逸な語りで読売文学賞を受賞した「懐中時計」収録。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Roy
22
★★★★+ 地面にどっかりと腰をおろしている小説である。それは怠惰ということでなくて、地面に接する面積が多いという事、即ち生きている者の生活が誠実に描かれている。言うなれば四角錐なんだけれども、そこに何らかの死が通過していく。四角錐に落とされた雫のように、重力に逆らわず通過するのだ。どれも良いのだけれど「黒と白の猫」「蝉の脱殻」「砂丘」「影絵」「ギリシャの皿」がとりわけ好きです。2009/06/29
ぱせり
11
過ぎゆく日々のスケッチ、亡くなった人々の横顔。まるで列車の窓から見るように風景は変わっていく。それなのに、作家は残される。しみじみと寂しくもなります。しかし、必要以上に感傷的ではないのです。それがよい感じ。大寺さんの物語全部と『懐中時計』が好き。2013/05/04
ふるい
10
人生の中でふと心をよぎる影のような時間が、淡々と描かれていく。じんとくる。ほんとうにいい小説は古びないのだと、しみじみ思う。大寺さんものはもちろん、「影絵」のような少し不思議な味わいがあるものもよかった。2017/01/15
nekokokochi
9
騒々しさから逃れたいときには小沼さんの静謐な世界を味わう。前半は大寺さんを主役としたのんびりした短篇。死は出てくるが、生きてるものはいずれ死にゆくといった達観した立場が見られる。後半は狂気を描いたり少しきりっとした話もある。表題作「懐中時計」は、気の置けない友人同士の素直でないやんちゃな会話ににやりとした。2009/09/20
qoop
8
比較的初期のミステリと、その後の〈いろんな感情が底に沈澱した後の上澄み〉を書いた作品群が混淆した作品集。読み応えがあるのはやはり後者で、霧が晴れて湿度が下がり、視界が開けたような明瞭さ・清々しさ・静けさ・ひんやりした肌触りなどが感じられ、日本文学史的なそれとは異なる私小説のあり様を見せてくれる。西洋的な感覚を覚えずにはいられないが、その咀嚼の仕方が著者の持ち味なのだろう。関係ないが、作風が混ざっている一冊だからこそ〈ギリシアの皿〉などは最後の着地点がどちらか分からず愉しめた。2021/11/30