内容説明
道元、明恵、良寛などから日本人の自然観・宗教観をさぐり、その美意識の根底には哀しみを帯びた東方の虚無思想が存在すると説くノーベル賞受賞記念講演「美しい日本の私」、“末期の眼”にあるとして芸術家の恐ろしい“業”を示唆する「末期の眼」など、川端文学の本質を貫く生死一如の観を清冽に表出するエッセイ群二十六篇。
目次
美の存在と発見(美しい日本の私;美の存在と発見;月下の門 ほか)
旅だより(伊豆湯ケ島;パリ郷愁;パリ安息 ほか)
作家の貌(白鳥と秋声;梶井基次郎;岡子かの子序説 ほか)
私の文学(思い出すともなく;文学的自叙伝;「雪国」あとがき ほか)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Gotoran
35
川端康成の随筆集。道元、明恵、良寛などから日本人の自然観・宗教観をさぐり、その美意識の根底には哀しみを帯びた東方の虚無思想が存在すると説くノーベル賞受賞記念講演「美しい日本の私」、芥川龍之介の「末期の眼」を引き、あらゆる芸術の極意は“末期の眼”にあるとして芸術家の恐ろしい“業”を示唆する「末期の眼」など。道元や良寛などの詩をひきつつ、自然やものごとをどのようにとらえ感じるかを、ひとつひとつ説明する。川端が語る新たな日本の感性なるものに驚嘆する。奥深く、刺激的な26編のエッセイだった。2023/07/31
佐島楓
28
「美しい日本の私」などを収録したエッセイ集。美に対する憧憬、生命に対する賛辞、文章へのこだわり、幼き日の孤独、三島に対する文など、最晩年のものも収められているが、この方がどうして自死を選んだのかはいっこうに浮かび上がってこない。もしかしたら、ご自身の中でもはっきりしないものだったのかもしれない。2014/11/12
クラムボン
19
表題の「一草一花」は『伊豆の踊子』の作者としての風景。ノーベル賞受賞の直前まで雑誌に19回連載されたもの。参院に立った今東光の選挙事務長としての話や、胸に染みた円谷幸吉の遺書、友人と書画骨董の邂逅などが、当時の出来事として取り留めもなく綴られている。その中で『伊豆の踊子』や『雪国』など自作について、過剰なまでの含羞をもってあれこれと愚痴々々述べている…でもそこら辺が好きなのですが。他にノーベル賞講演の「美しい日本の私」、その翌年のハワイ大学での特別講義「美の存在と発見」この2篇は際立って格調高いですね。2022/02/06
モリータ
11
「月下の門」の「黒百合など」は『山の音』の黒百合の描写から書いてあり、これは信吾の台詞が印象的だったので覚えていたが、その後の「黒椿の花は前に大徳寺の龍翔寺で見て、花をもらって帰って、別の小説のなかに書いた」というのは、どの話だろう。『眠れる美女』に椿寺が出てくるが、その部分ではない。探すよりはじっくり読んでいるうちに出てくる方がおもしろいだろう。「一草一花」の『伊豆の踊子』の分析的な部分もむろんおもしろく、「私は主人公の主格をまったく省いた、短い小説を書いてみたことがあった」というのも、また気になる。2014/08/30
にしの
6
なんか、期待したものとは少し違ったというか、小説以外で自己を表出することをあまり好まない作家なのかもしれない。核心的な所の前に、どこまでも「虚偽なのだが」と曖昧にはぐらかされてしまう感じ。和歌や器、日本文化は好きだったのだろうけど、川端自身の執着とがつっと火花が散るように書かれてない。対して「岡本かの子序説」などは筆が乗っているのか肉厚で艷やか。他の人のことは安心して饒舌だが自分や自作には、謙遜で煙に巻いて口をつぐむ、という印象。「伊豆の踊り子」の熱狂的愛され方には弱っており、あにはからんや。2022/04/30