内容説明
春秋時代末期に墨子が創始し、戦国末まで儒家と思想家を二分する巨大勢力を誇った墨家の学団。自己と他者を等しく愛せと説く「兼愛」の教えや、侵略戦争を否定する「非攻」の思想を唱え独自の武装集団も保有したが、秦漢帝国成立期の激動の中で突如、その姿を消す。以後二千年を経て、近代中国の幕開けとともに脚光を浴びることになった墨家の思想の全容と消長の軌跡を、斯界の第一人者が懇切に説く。
目次
尚賢上篇
尚同上篇
兼愛上篇
非攻上篇
非攻下篇
節用上篇
節葬下篇
天志上篇
明鬼下篇
非楽上篇 〔ほか〕
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
姉勤
44
小説「墨攻」の酒見氏の訃報に。一時、儒家と並ぶ勢力を誇った墨家。非攻、兼愛、倹約を説き、防衛指南者でもあった墨子を伝えるテキスト。非攻、兼愛とリベラル的な教義を説きつつ、防衛時は全体主義的、軍令最優先は二律背反な編だが、平時の理想と有事の道理と見れば至極当然であり、群雄割拠の世の中なら尚の事。大国には自制を小国には富国と防衛強化を、それを妨げる贅沢と娯楽を蔑み、自らにも質素を課した。秦始皇、漢の儒教の国教化により消え果てた「墨子」もより近代的として見出されるが、世ごと人ごとに牽強付会される虚しさを、憤る。2023/11/23
sayan
25
大国という巨大な獣に代わる守護者を欲するも消去法で期待する限り搾取から逃れられない。墨子の非攻は祈りではない。侵略を不義と示す。デリダが説く国家という獣の抑止目的により強大な獣を求める絶望的な連鎖に墨子は防御の技術と組織で非対称な抵抗を示す。強者が取引として圧力をかけるなら、感情ではなく侵略コストの最大化を負わせる実装能力で返す。墨守とは依存=降伏ではない、自らを防衛する力のみを真理とする。専守を祈りから設計へ強者の介入を物理的に跳ね返す生の実力実装。救世主を待つ羊の祈りを捨て獣の牙を叩き折る設計を問う。2026/01/22
いとう・しんご
12
聖書の隣人愛にも似た兼愛の思想と言うことで読んで見ましたが、そんな一筋縄ではなくて、学団の結束の強さなどはピタゴラス学派に通ずるものがあったり、議論の進め方がソクラテスの口ぶりを思わせたりと非常に多様性に富んでいる。浅野さんの説明も非常に理路整然としていて読み応えがありました。2024/01/17
roughfractus02
8
非攻は非戦ではない。侵攻を批判した墨家は防戦の名手だった。が、戦い自体を防ぐことに努めたことが「公輸篇」にある。魯の公輸般が発明した梯子車で楚王が宋の城壁を超えて侵略するのを阻止する話だ。墨子は楚王の前で公輸般とシミュレーションを行い、防戦を成功させ、自分を殺そうとする楚側の意図も察知してすでに弟子達を宗に派遣してあると言って去る。最後に雨の中門番に追い出される墨子を指し、戦いを防ぐ者は無名で戦う者は名をなすと記される。本書の淡々とした文体は墨家の思想自身を表すのだろう(「「公輸篇」」は劇的な逸話だが)。2025/10/28
山陰 柴
6
当時の社会を探る読み方をすれば、いろいろ発見できて面白い。節葬篇、非楽篇、非儒篇はとくに生々しく当時の風俗、楽しみ、孔子の生臭さが出てきて面白い。どんだけ葬儀に金をかけてるの!死に対しての儀式は誰のためなのか?音楽や踊りなんて役に立つの?彼が活躍したのは古代も紀元前450~390年代。当時の人間も今の人間も同じだな~と思う。一面選挙演説のような言葉の使い方に見える。百家争鳴の時代に党派を結成した創業者墨子の出現は当時はセンセーショナルだったようだ。リアルなのは集まった若者が出世を目指していたとは2023/09/08




