内容説明
私は悪くない。与えられた「役割」を果たしただけ。歯車だから。ああするしかなかった。「ほんとうの自分」は違うんだ。―これ、どこかおかしくないか。
目次
第1章 責任という概念
第2章 責任と自由―責任の条件
第3章 責任の主題
第4章 責任の主体―誰が責任を負うのか
第5章 役割と自己―その切断
第6章 じわじわとひろがる解離傾向
第7章 国家という集団―戦争責任
第8章 責任の空洞化
終章 人間として生きるために
著者等紹介
大庭健[オオバタケシ]
1946年生まれ。東京大学大学院博士課程修了。専修大学文学部教授。専攻は倫理学、分析哲学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
佐島楓
24
個人の「無為」も責任になり得るか。「役割を演じているだけの自分」と「ほんとうの自分」を切り離したくなるのはなぜか。いじめは軍隊的学校教育につながっていないか。戦争責任において、日本とドイツの態度がこれほどまでに違う理由とは。「責任」そのものには切り込んでいないようにも思うが、これらの問いかけはとても大事なことだ。考えるための道筋をつけてくれる。2014/01/20
吉野ヶ里
18
「責任(リスポンシビリティ)」は応答可能な能力の宛名を持つこと。なにかをすると、それが何故なのかを問われる。責任を負うとは、応答可能な状況を維持しようと心掛けること、また自分の宛名を持ってるという自覚。人間の世界をまっとうにするためには各人がこれを持たなければならない。だから、本来責任は負うものであって、負わされるものではない。でも、世界はまっとうなんかじゃないから、本来の責任なんか理想で、ぼくたちは「責任」を他者に強制するし、他者からの強制をすり抜ける努力をしなければならないと思った。2016/03/12
暁人
10
前半の、集団であっても個人と同等に過去に遡って責任が発生する、という内容はとても興味深く読めた。▼確かに、集団内の成員が入れ代わっていれば、なぜ自分がいなかった時の責任をとらされるのかと奇異な感じがしないでもない。だが、これを免責すると社会的なモラルの低下を招く、という。なるほど。▼前半の展開から後半の戦争責任へつながることは、容易に想像がついた。だが、こちらは何となく論としては緩い気がする。2014/12/16
魚京童!
9
他者が同等の能力をもって初めて「責任」が生まれる。独りで生きていれば責任はない。生きるか死ぬかだけ。下等なものと生きているだけでも責任はない。勝手に死ねばいい。同等であって初めて、まじめにやるかって思う。だからそれが責任。面倒だなっていうゴミに対しては、憐憫?嘆き?最悪だよね。逃げるしかない。2020/05/30
孤独な読書人
6
本書は全体を通してけっきょくなにが言いたいのかわからず論旨もはっきりとしない。前半の倫理学の追求する責任は法哲学の追求する責任より重いものであるという主張は理解できた。2015/07/14
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