出版社内容情報
そもそも、人が何かを「学ぶ」とはどういうことなのか?
学校で教育に携わる人、会社で部下を指導する立場の人、子どもの教育に悩むすべての大人にとっての必読書。
読みやすい、不朽の名作を文庫化。
学校、教師、親、仕事、宗教……あらゆる教育のとらえ方がまるで変わる、驚愕・感動の11講義!
内田樹による、子どもたちと向き合う全国の教師と
保護者の皆様への、愛に満ちたエール(応援)
第1講 教育論の落とし穴
第2講 教育はビジネスではない
第3講 キャンパスとメンター
第4講 「学位工場」とアクレディテーション
第5講 コミュニケーションの教育
第6講 葛藤させる人
第7講 踊れ、踊り続けよ
第8講 「いじめ」の構造
第9講 反キャリア教育論
第10講 国語教育はどうあるべきか
第11講 宗教教育は可能か
解説 佐藤学(東京大学名誉教授)
「これほど軽やかで端的にわかりやすく教育の本質の深みへと
誘う文章が書けるのは、なぜだろう。教育研究者である私が
五十年かけて膨大な文献を駆使し実証と論証を重ねてやっと
到達した地平が、本書では「届く言葉」で直截に表現されてい
る。(中略)内田さんは相手が誰であっても、傍らにすっと歩み
寄って対等な関係をつくる達人である。 」
誰もが教育を真剣に考え直すべきときがきた!
【目次】
第1講 教育論の落とし穴
第2講 教育はビジネスではない
第3講 キャンパスとメンター
第4講 「学位工場」とアクレディテーション
第5講 コミュニケーションの教育
第6講 葛藤させる人
第7講 踊れ、踊り続けよ
第8講 「いじめ」の構造
第9講 反キャリア教育論
第10講 国語教育はどうあるべきか
第11講 宗教教育は可能か
内容説明
教育とは結果が出るまでに長期を要する特殊な営みである。江戸時代から平成までを振り返ると、実のところ日本の学校は一度として正しく機能したことはなかった―。思いと言葉の乖離とは?なぜ古典に還るのか?自己が〈外部〉とつながるための学びのエッセンスとは?教師、親、大学、仕事…教育にまつわる営みの捉え方が一変する感動の講義録にして、日本社会の基盤を再建するための名論考。
目次
第1講 教育論の落とし穴
第2講 教育はビジネスではない
第3講 キャンパスとメンター
第4講 「学位工場」とアクレディテーション
第5講 コミュニケーションの教育
第6講 葛藤させる人
第7講 踊れ、踊り続けよ
第8講 「いじめ」の構造
第9講 反キャリア教育論
第10講 国語教育はどうあるべきか
第11講 宗教教育は可能か
著者等紹介
内田樹[ウチダタツル]
1950年東京都生まれ。神戸女学院理事長、神戸女学院大学名誉教授。東京大学文学部仏文科卒、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門は20世紀フランス文学・哲学、武道論、教育論。2007年、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)で第6回小林秀雄賞、10年、『日本辺境論』(新潮新書)で新書大賞2010を受賞。11年、言論活動で第3回伊丹十三賞を受賞。神戸市で武道と哲学研究のための道場・合気道凱風館を主宰(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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