内容説明
しみじみと思う。怖しい病気に憑かれしものかな、と―。若くしてハンセン病を患った青年は、半ば強制的に収容施設に入所させられる。自分の運命を呪い、一度は自殺すら考えた青年を絶望の淵から救い出したのは、文学に対する止めどない情熱だった。差別と病魔との闘いの果て、23歳で夭折した著者が描く、力強い生命の脈動。施設入所初日のできごとを克明に綴った表題作をはじめ、魂を震わす珠玉の短編8編を収録。
著者等紹介
北條民雄[ホウジョウタミオ]
1914年、朝鮮京城(現ソウル)に生まれる。徳島県育ち。29年、上京。文学を志しながら職業を転々とする。33年ハンセン病を発病し、翌年より東村山村全生病院に入院。院内より川端康成に師事し、36年「いのちの初夜」を『文學界』に発表。同作は文學界賞受賞のほか芥川賞候補となり、大きな反響を呼んだ。37年逝去。享年23(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
あすなろ
101
長らく積読本にしていた一冊。有名な作品であり、いつかはと思いながら読めなかった一冊。癩病即ちハンセン病の戦前の在り方を土台に描かれた作品。俺は何処へ行きたいんだ。唯一つ生命だけが取り残されたのだった。人間ではありませんよ、生命です。いのちそのものなんです。川端康成氏による後書や高山文彦氏による解説と最初のいのちの初夜を読んだだけで生命の彷徨が押し寄せ翻弄された。申し訳ないがこの作品を決して忘れないであろう代わりに、とてもその他の編は読めない僕がいた。かと言って、これは読むか読まぬかと問えば読むべきである。2024/09/01
クプクプ
79
ハンセン病にかかり、現在の東京都東村山市青葉町にある多磨全生園(ぜんしょうえん)に入った北條民雄の物語。短編集で表題作「いのちの初夜」は全生園に入った初日の話なので、やはりインパクトは強い。初日というのは入る側も受け入れる側も何かと緊張を伴うもので、作品として残ったのは、現代人の理解を助ける貴重な資料。他の短編で、全生園の畑でヘメロカリスを育てた話や、鳥もちでメジロを捕まえた話は、時代背景を強く感じた。北條民雄は早熟で文章は文豪並み。病気に苦しみながらも、文章で自分を表現できたのは救いだったと信じたい。2024/05/04
かさお
36
旧ハンセン病(ライ病)当事者、北条民雄の短編集。【健全な肉体と魂の両方を持つものを、人間と言うならば、ここで腐臭を放ちながらうごめくものたちは人間ではない。動物にも劣る】糞尿、血膿にまみれたガーゼ、落ち窪んだ眼窩から腐り落ちた目玉、取れかけた鼻、歪んだ唇の端から垂れる唾液。昭和9年22歳の若さで、病院とは名ばかりの収容所に入った初めての夜。【人間で無ければ何なのか。それは、いのちだ】いのちの初夜と名付けられたタイトルの意味が分かった時に身震いがした。死にたいと思う人が居ればこの本を読んでほしい→2021/12/03
みわーる
35
私の亡き祖母には、美貌の恋人(Sさん、許婚でもあった)がいた。祖母との祝言が迫ったころ、Sさんはハンセン病と分かり、独り島へ流された。子どもの頃に聞かされたその話が、ずっと私の胸に棲み続けた。いつしかSさんは、片目を眼帯で覆う澄んだ眼差しで、こちらを見つめ返すようになった。本書はハンセン病にかかった若き男性が綴った小説。むき出しの命が「生きること」の苦悩と残酷さ、そして神秘を教えてくれる。Sさんも、本書のような運命を辿り、生き抜いたのだろうか。励ましも慰めも届かぬ絶望の中から生み出される希望。呆然となる。2023/11/21
いちろく
29
紹介していただいた本。戦前、癩病に罹患し隔離施設での療養中に腸結核により23歳で夭折した著者。隔離施設への入院を描いた表題作「いのちの初夜」は、著者自身の経験譚にも由来するからか? 当時は不治の病とも言われていたからか? 世間から隔離の対象の病気でもあったからか? 常に独特な雰囲気を意識させられる感覚だった。川端康成氏のあとがきを読み終えた後でより、癩病に罹患しつつも執筆活動を続けた著者命がけの作品だった点も伝わり、おもかった。2023/12/28