角川新書<br> モンゴル抑留―見捨てられた死者たち

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角川新書
モンゴル抑留―見捨てられた死者たち

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  • サイズ 新書判/ページ数 336p/高さ 18cm
  • 商品コード 9784040825663
  • NDC分類 210.75
  • Cコード C0221

出版社内容情報

悲劇はシベリアだけではなかったーー。
第二次世界大戦後、多くの日本人がモンゴルへ抑留されたことはほとんど知られていない。
その数、約1万4000人。軍人のみならず、数合わせのために無差別に連行された民間人が「日本人狩り」の犠牲となった。
食料も防寒具もなく、零下数十度にもなる極寒の地で、過酷な労働をかせられた抑留者たちは、感染症や凍死、銃殺などで次々と命を落としていく。自ら命を絶った者も少なくなかった。
戦後の日本政府は、ソ連と異なり、モンゴルの抑留者について実態解明を怠ってきた。モンゴル政府から提供された名簿を30年にわたり棚ざらしにしていた事実もわかっている。
元新聞記者の著者は、在職中に知ったモンゴル抑留を退職後も追いかけ続け、埋もれている歴史を明らかにしてきた。
モンゴル公文書館などから死亡記録を発掘し、そこに書かれた犠牲者の遺族を探しあてて死亡記録を届け、時にはモンゴル諜報庁にまで乗り込む。
日本政府をも知らない資料を基に厚労省にかけあい、腰の重い官僚たちを動かしたこともある。
知られざる抑留の実態を記す貴重な書。

【目次】
はじめに モンゴルのKGBへの挑戦
第一章 置き去りにされてきた抑留者
第二章 二つの戦争が抑留の起こりだった
第三章 民間人が無差別に拉致された「日本人狩り」
第四章 食料も防寒服も寝具も何もない「絶望の国」へ
第五章 当局に迎合した抑留者、抵抗した抑留者
第六章 死亡記録から見える「さまざまな死」
第七章 突然の一斉帰還命令と残留させられた抑留者たち
第八章 抑留問題に向き合ってこなかった日本外交
最終章 「歴史の扉」は開いたのか
おわりに 近くて遠い国
主要参考文献
モンゴル抑留関連年表


【目次】

はじめに モンゴルのKGBへの挑戦
第一章 置き去りにされてきた抑留者
第二章 二つの戦争が抑留の起こりだった
第三章 民間人が無差別に拉致された「日本人狩り」
第四章 食料も防寒服も寝具も何もない「絶望の国」へ
第五章 当局に迎合した抑留者、抵抗した抑留者
第六章 死亡記録から見える「さまざまな死」
第七章 突然の一斉帰還命令と残留させられた抑留者たち
第八章 抑留問題に向き合ってこなかった日本外交
最終章 「歴史の扉」は開いたのか
おわりに 近くて遠い国
主要参考文献
モンゴル抑留関連年表

内容説明

第2次世界大戦後、日本人が抑留されたのはソ連だけではない。モンゴルにも1万4000人が連行され、うち1700人もが命を落とした。抑留された者は軍人に加え、鉄道員や郵便局員などの民間人もいた。独自の調査で長年抑留の実態を追い続けてきたジャーナリストが、モンゴルと日本に保存された膨大な資料を発掘。資料の分析と遺族たちへの取材により、忘れ去られてきた「死」の真相を詳らかにする。

目次

第一章 置き去りにされてきた抑留者
第二章 二つの戦争が抑留の起こりだった
第三章 民間人が無差別に拉致された「日本人狩り」
第四章 食料も防寒服も寝具も何もない「絶望の国」へ
第五章 当局に迎合した抑留者、抵抗した抑留者
第六章 死亡記録から見える「さまざまな死」
第七章 突然の一斉帰還命令と残留させられた抑留者たち
第八章 抑留問題に向き合ってこなかった日本外交
最終章 「歴史の扉」は開いたのか

著者等紹介

井手裕彦[イデヒロヒコ]
1955年、福岡県生まれ。ジャーナリスト。京都大学文学部卒業後、78年、読売新聞大阪本社入社。社会部で主に調査報道を担当。論説委員、編集局次長、編集委員を経て2020年退社。新聞記者時代から丸10年にわたりモンゴルでの日本人抑留の解明に挑み、モンゴルの公文書館で捜し出した抑留者の死亡記録を日本政府に情報提供。自作のホームページ「モンゴル抑留死亡者名簿」で政府を上回る死亡者の情報を公開し、全国を回って遺族に無償で死亡記録を届けている。著書『命の嘆願書 モンゴル・シベリア抑留日本人の知られざる物語を追って』(集広舎)は23年度のシベリア抑留・記録文化賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

金吾庄左ェ門

12
満蒙開拓団の犠牲者について関心があるので、その関連で読んだのですが、ソ連や中国の関与はともかく日本とモンゴルの外交関係が大きく影を落としているのが残念でなりません。著者の個人的な努力に頼るしかないのが現状なのでしょう。日ソ中立条約違反もさることながら、民間人の抑留そのものが違法である事はもっと知られていいでしょう。2026/06/23

ろべると

11
終戦後のシベリア抑留者の話は知っていたが、モンゴルにも一万人を超える抑留者がいたのだ。しかも民間人の割合が高く、そして抑留中の死者が多いのは、モンゴル収容所の劣悪な環境によるものだ。注目される日ソ交渉の影に隠れてモンゴル抑留者が話題になることはなかった。筆者は粘り強く当局とも交渉し、死者の情報を調べ上げては遺族のもとに届ける活動を自腹で続けており、何とも頭が下がる。先日両陛下が当地を訪問し墓地に献花していたが、遺族も高齢化した現在、戦争の悲惨を語り継ぐ人は少なくなり、こうした記録を遺すことの意義は大きい。2026/06/18

ポポロ

7
シベリア抑留の収容所にウランバートルなどモンゴルの地名が含まれているのをみたことがあった。ソ連の衛星国なのでそんなものかと思ってしまったが実際にはソ連の支配が及んでおらずまた別の地獄があったことが書かれている。研究というよりジャーナリストの執念で国の不作為で亡くなった人が放置され忘れられてよいはずがないという怒りをも感じる。また戦争が起きて私が異国の土となったときそうなったら辛いし悲しい、だから声を上げるべきなのだろう。マイナーな分野にありがちな視野の狭い文章ではなく、公平で信頼のおける筆致だった。2026/07/07

てくてく

6
戦後強制抑留は、シベリア地域だけではなく、ウクライナ、中央アジア、そしてモンゴルなどにも及んだ。本書はモンゴルに抑留された人はどのような過程でそこに送られたのか、そこで亡くなってしまった人は誰か、なぜ国は彼らの調査にベストを尽くさないのか、といったジャーナリストの執念の一部を文章化したもので、読者に後を託すものでもあった。民間人まで連行されていること(軍人としての補償対象外)、戦後のモンゴル・日本の交流においてその問題が全面解決できなかったことなど、驚くことが多々あった。2026/08/02

清水勇

5
40年前「黒パン俘虜記」でシベリア抑留(57.5万人抑留、5.5万人死亡)の環境や管理の酷さを痛感。この本でモンゴルにも1.4万人が抑留されソ連抑留者より1.5倍も死亡した終戦後の悲劇は正に痛恨の極みだ。著者(71歳)は遺族に死亡記録を渡す為政府がやらないモンゴル政府・関係機関での調査を読売新聞記者時代から10年以上尽力。最近の読売新聞は移民、消費税、辺野古等誰に忖度しているのかと怒りを感じる紙面だが、以前の紙面に国を引っ張る気概が感じられたのは著者のような記者や管理者が頑張れる会社だったのだと確信した。2026/08/20

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