朝日新書<br> 清須会議―秀吉天下取りのスイッチはいつ入ったのか?

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朝日新書
清須会議―秀吉天下取りのスイッチはいつ入ったのか?

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  • サイズ 新書判/ページ数 288p/高さ 18cm
  • 商品コード 9784022950765
  • NDC分類 210.48
  • Cコード C0221

出版社内容情報

秀吉はいかにして、織田家の後継者たる信雄、信孝を追い落とし、勝家、家康を凌駕したのか!?秀吉が大きく飛躍するきっかけとなったとされる「清須会議」。しかしながら、秀吉の天下取りへの道のりは、「清須会議」に限らず、少なからず俗説がまかり通っている。織田家の人々、ライバルとなった諸将との関係にも注目しながら、秀吉の天下人までの道のりを、丹念に検証する。------------------------------------------------------------信長の行動はまだ良心的ですらあり、かえって秀吉のずる賢さには驚きすら禁じ得ない。それは書状を読めばわかるとおり、相手に虚偽を伝えたり、恫喝したりして、圧倒的な勢いで屈服を迫るものだった。これまでの歴史小説やテレビドラマで知られる、ひょうきんで明るい秀吉のイメージも、そろそろ覆されるべきだろう。(「おわりに」より)------------------------------------------------------------[目次]序 章 清須会議への道のり――信長の死と後継者問題第一章 従来説に見る清須会議の展開第二章 清須会議の真相と新たな政治体制第三章 清須会議後の争乱――賤ヶ岳の戦い第四章 徳川家康の屈服――小牧・長久手の戦い第五章 関白就任と家康の従属第六章 豊臣政権の確立

内容説明

秀吉はいかにして、織田家の後継者たる信雄、信孝を追い落とし、勝家、家康を凌駕したのか!?秀吉が大きく飛躍するきっかけとなったとされる「清須会議」。しかしながら、秀吉の天下取りへの道のりは、「清須会議」に限らず、少なからず俗説がまかり通っている。織田家の人々、ライバルとなった諸将との関係にも注目しながら、秀吉の天下人までの道のりを、丹念に検証する。

目次

序章 清須会議への道のり―信長の死と後継者問題
第1章 従来説に見る清須会議の展開
第2章 清須会議の真相と新たな政治体制
第3章 清須会議後の争乱―賎ヶ岳の戦い
第4章 徳川家康の屈服―小牧・長久手の戦い
第5章 関白就任と家康の従属
第6章 豊臣政権の確立

著者等紹介

渡邊大門[ワタナベダイモン]
1967年神奈川県生まれ。歴史学者。関西学院大学文学部史学科日本史学専攻卒業。佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。現在、株式会社歴史と文化の研究所代表取締役。博士(文学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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63
三谷幸喜が映画にした『清須会議』の実際。本能寺の変から山崎の合戦、清須会議に賎ヶ岳の合戦、小牧・長久手の合戦に秀吉の関白就任までを時系列で。四国征伐、九州征伐、小田原征伐ももちろんである。これらを二次史料を極力排して書いたものだが、つくづく圧倒されるのは、秀吉の貪欲。凄い。凄まじい。同時代の大名の中で、秀吉だけが怪物級である。この当時の家康なぞ、貪欲では秀吉の足元にも及ばない。結局秀吉がこの当時の日本で一番強いのである。この天下の取り方は、日本の歴史の中でも秀吉一人だけのものであると思う。圧倒的存在。2020/08/06

onasu

22
会議の場に秀吉が三法師を抱いて登場とは、やはり作り話でしたね(笑)。戦国武将の逸話はほとんどが後世の創作で、それを指摘してもらうのは、もはや楽しみの域。  副題は、言われてみれば気になるところで、この時点では、京を押さえるなど相対的には勝っていたが、単独で下知するまでには至らず、暫しは織田信雄を世継ぎとして祭り上げていたが、その要がなくなると、危機感を抱いた信雄が家康と通じて小牧長久手で対峙するも、物量や遠交近攻では叶わず和を求めることに。  小説の影響は大きいので、時には史実も押さえておかねばですね。2020/09/14

みこ

19
タイトルは清須会議だが、内容は清須会議に始まる秀吉の天下人までの足跡。今までこの手の内容の本は柴田勝家らライバルたちとの合戦と秀吉の官位昇格や朝廷工作とを分けて書いてあることが多いのだが、本書は時系列通りに書かれているので秀吉が信長の後継者となりえた過程が分かりやすかった。家康との小牧・長久手の戦いはどっちが勝ちと言えるのか意見が分かれることも多いのだが、闘いながら京都で地盤固めをしていた秀吉の戦略勝ちであろう。2020/09/15

ようはん

18
清須会議の一般的なイメージといえば信長の後継を巡って信雄か信孝かの流れで柴田勝家が信孝を強く推し、それに対して秀吉が三法師を擁立して会議の決着を着けたという話であるが実際の所三法師の後継は既定路線で信雄と信孝の対立も三法師の後見役を巡る争いだったという話。本書は秀吉の天下統一まで扱っているが、本能寺の変以後の神憑りともいえる秀吉の政治力は凄い。実際はそうではないと思うが本能寺の変の黒幕が秀吉という説があるのも分かる気はする。2020/08/31

はるわか

11
秀吉による天下取りは天正十年(1582年)六月の本能寺の変後から始まり、十四年十二月の豊臣姓下賜をもって完成。本能寺の変後、秀吉は清須会議で京都(山城国)を抑える。十一年四月信雄を擁立、信孝・勝家を死に追いやる(賤ヶ岳の戦い)。諸大名の動員権を獲得し、大坂城築城。十二年三月以降小牧・長久手の戦いで、信雄(織田家)と家康を臣従させる。十三年一月関白就任。天正十八年までに毛利氏、長宗我部氏、島津氏、北条氏を屈服または滅亡させる。天正十四年十月家康上洛、臣従させ、同年十二月太政大臣、豊臣姓下賜、公武の頂点に。2021/02/06

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