内容説明
1982年、筆者はフランス、スペイン、ポルトガルの旅に出る。『街道』シリーズ初のヨーロッパ行で、日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザヴィエルの人生をたどってゆく。学んだパリ大学、イエズス会の結盟を誓ったモンマルトルの丘を訪ね、バスクの地へ。生誕地のザヴィエル城では自分を「オバケ」と呼ぶ修道士が現れる。濃厚なバスク人の世界に包まれてゆく。大きな活字で装いも新たに、新装文庫版。
目次
バスクとそのひとびと(カトリーヌ;カンドウ神父;ザヴィエルの右手;カルチェ・ラタンの青春;十六世紀の大学生;ロヨラの妖気;ザヴィエルの回心;夏の丘 ほか)
著者等紹介
司馬遼太郎[シバリョウタロウ]
1923年、大阪府生まれ。大阪外事専門学校(現・大阪大学外国語学部)蒙古科卒業。60年、『梟の城』で直木賞受賞。75年、芸術院恩賜賞受賞。93年、文化勲章受章。96年、死去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
306
「南蛮の道」上巻は、バスクへの旅。カンドウ神父を仲介者のようにして、ザビエルとロヨラの故郷に向かう。フランス・バスクのバイヨンヌからピレネーをかすめて、スペイン・バスクの各地を巡りドノスティア(サン・セバスティアン)へ。司馬遼太郎の紀行はすべからくそうなのだが、何処にいても思索が付きまとう。もちろん、今回もその例外ではない。それどころか、あるいは何時も以上か。この度のバスクへの旅は、期間にすればせいぜい1週間足らずのはず。それにしてはなんと濃密な旅であることか。ザビエルと南蛮への思い入れ、事前の調査、⇒2026/02/03
たま
35
1983年の紀行。バスク独立運動のさなかで日本では観光対象ではなく情報も乏しかった。ザヴィエルや戦前戦後日本で布教したカンドウ師らバスク人の存在が司馬さんをバスクに向かわせたようだ。バイヨンヌに投宿しカンドウの故郷の村(サンチャゴの巡礼宿場)を訪れたあと、日本で買ったスペインの地図にあるXavierと言う土地を探し行く。山道を上りたどり着いたときはもう夕暮れ。残照の中に浮かぶ山城、戦国城郭との対比、城を守る人間味溢れる修道士。司馬さんの知識と小説家としての眼が存分に発揮され読み応えがあった。2022/01/18
棕櫚木庵
29
『ロランの歌』でロランが戦ったのは,ムーア人ではなくバスク人だったかも.そんな話があると読書メーターで教えてもらい,読みたくなった.バスク地方をめぐる旅とその道中の思索(偶感か).パリの,ロヨラとザヴィエルゆかりの地から旅は始まる.主題は,“南蛮文化と,それに照らし出された日本文化”だろうが,バスクに触発された国家論も興味深い.もっとも,体系的な「論」というより随想.読者もさまざまな想いを誘われる.全体の感想をまとめるというより,個々の話題についてあれこれおしゃべりしたくなるような本だった.→ 2021/09/02
Miyoshi Hirotaka
26
ロヨラが妖気をもってザビエルに迫らなければ、イエズス会も存在しないし、ザビエルの来日もないし、上智大学の青春も存在しなかった。さらに続けると私の家族も。約五百年前のイノベーターらと私をつなぐ言葉。二人ともバスク人。西仏両側に分散し、バスク語をアイデンティティとする国家を持たない民族。国民国家に慣れた我々には奇異だが、映画『マイ・フィエア・レディ』や『舞妓はレディ』でも言葉は重要テーマとして扱われた。政治的圧力で地域語が淘汰され、さらに、AIで標準化される。得るものもあれば失うものもある。その見極めが大事。2026/02/17
ピンガペンギン
19
バスクについて知りたく手に取ってみたら、この巻は全部バスクの内容だった。司馬さんはザビエル書簡集を高く評価しておられ、ザビエルのことを好きなようで、かつバスク地方のような稀有なあり方をしてきた場所も好きなようだ。ザビエル、イエズス会創始者ロヨラはバスク人だった。(対照的にロヨラは嫌な感じに思えるらしい。)司馬さん一行はザビエルが住んでいた城に行く。そこで自分のことを「おばけだよ」という陽気な修道士さんに出会う。寒山拾得を思い出し、禅味を感じると書く。ザビエルの右腕が来日した時新聞記者だった司馬さんは→2023/08/05
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