内容説明
彫刻家ロダンの協力者として、詩人ポールの姉として、2人の芸術家に霊感を与えながら、自らは悲劇的生涯を送ることになった女流彫刻家カミーユ―30年間もの年月を、人里離れたモンドヴェルグ精神病院で送り、1943年、看る家族もなく消えていった彼女は、どんなドラマを生きたのだろうか。
目次
1 子供時代(1864‐1883年)
2 ロダンとの宿命的恋愛(1883‐1892年)
3 独自の芸術の探究(1892‐1898年)
4 狂気と創造のはざま(1898‐1913年)
5 奪われし者(1913‐1943年)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
駄目男
5
例えば自分が目指す芸術的方向性と同種の考えも持ち、尚且つ天才にして類まれな美貌の女性、または男性が目の前に現れ、日々、一緒に仕事をすることになったとする。勿論、自信は伴侶のある身で!さあ、どうする?職業として選んでいる芸術に関しては何でもいい。画家、小説家、音楽家、映像作家、詩人、または茶道でも華道でもよい。人生、またとない運命の相手が現れ、毎日、顔を合わせ仕事をし、目指すべき未来を熱く語る。更に、お互いが互いを運命の相手だと確信したとする。で、どうする?そういう出会いが現実に起こったのがこの物語である。2017/12/27
お萩
5
ロダン...ああ、考える人の!という位彫刻に疎い私が勿論こんな女性彫刻家がいたという事も、こんなに激しい愛の時間をロダンと過ごしたことも、何も知らずに読んだ。情念のぶつかり合いでこんなにも見る人の内面に迫る、切実さのこもった作品が世に残ったとしても、彼女が幸福の中で造り上げた作品をもっと見たかったと思ってしまう。筆者が女性だからかカミーユやローズに感情移入しやすい気がした。2015/03/10
☆み も☆
1
写真の女性は儚げな眼をした美しいひと。 彼女にとってロダンはまさに運命の男。 長い不倫関係の末、貧窮する生活の中で創作活動は続けていても様々なロダンの呪縛から解放されることはない。 それはロダンが死んだ後も逃れることはできなかった。 彼女の人生全てがロダンだ。 いくつもの不運を抱えたひとりの女性。 その不運を払いのけ、強くしたたかに生きていくには、あまりにも儚い眼をしてる。 いつの日か彼女が残した作品を見てみたい。2018/02/26
ワーニャ
0
芸術家の人生はなぜこんなにも心を揺さぶるのか。 男女間の激しい感情、芸術への情熱と追求、夢、悲しみの底、そして破滅、諦め… 最晩年の彼女が優しく穏やかであったというところが意外で心に残った。その境地に達するまでにどれほどの苦難があったのだろう。私は懸命に人生を生きているだろうか?2025/02/21
Sosseki
0
ロダンの愛人彫刻家として、作品は見たことがあり、官能的な作風がとても似ていたし、同じような才能や巧みさを感じたことを覚えている。もっと女性が正当に評価されていた時代ならば、これほどの悲劇にはならなかっただろうに。彫刻が体力、財力も、場所も人数も要する芸術だとはこれまで考えてみたこともなかった!2020/09/19