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朝日選書
道が語る日本古代史

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  • サイズ B6判/ページ数 243p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784022599896
  • NDC分類 682.1
  • Cコード C0321

出版社内容情報

総延長は、北海道をのぞいた現代の高速道路にほぼ匹敵する古代駅路。全国規模で建設されたこの直線道路網は、古代史上最大の内乱、壬申の乱を征した天武天皇が行なった政策で、律令国家のあり方を具現化したものであった。じつは直線道路のあり方は古墳時代までさかのぼる。群雄割拠から天皇中心への転換を達成した雄略天皇の時代、変革と国際化の中で律令国家の建設に突き進んだ推古天皇の時代、律令国家完成の土台を築き上げた天武天皇の時代――。時代の転換期には道路の姿も大きく変化した。やがて律令国家そのものが弱体化し、ついに消滅すると、これらの道路も変質し、消滅してしまう。古代国家の体制変化と道路のあり方を、文献資料、発掘調査の成果から読み解く。

内容説明

近年の発掘調査の増加とともに、古代の道路跡が全国各地で次々と発見されている。驚くのは、直線で舗装された道路であることだ。側溝をそなえ、広いものは幅30メートルにも及ぶ。これらは時の巨大な権力が労働力、技術力を結集し、目的を持って造ったことを物語る。道づくりの技術はどこから来たのか。なぜここに道を通す必要があったのか。道の上で何があったのか。大豪族葛城氏の繁栄を支えた道路、推古天皇・聖徳太子・蘇我馬子の経済政策と道路の関わり、壬申の乱の舞台となった要衝、全国駅制施行とともに行われた列島改造、律令制の崩壊と地方分権にともなう道路の荒廃など、古代国家の誕生から終焉までを、5~10世紀の道路の実態から読み解く。遺跡を歩く写真・地図を多数収載。

目次

第1章 葛城の道(古墳時代にも頑丈な道路を造る技術があった;造ったのは誰か;付け替えられた国道)
第2章 大和・河内の直線古道(六世紀の道路;いつ造られたのか;なぜ造られたのか;聖徳太子と蘇我馬子)
第3章 七道駅路(古代のハイウェイ;律令国家と駅路;古代国家と道路)

著者等紹介

近江俊秀[オウミトシヒデ]
1966年宮城県石巻市生まれ。文化庁文化財部記念物課文化財調査官。奈良大学卒。奈良県立橿原考古学研究所研究員を経て現職。専門は日本古代交通史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

やいっち

80
内容紹介:「(略)全国規模で建設されたこの直線道路網は、古代史上最大の内乱、壬申の乱を征した天武天皇が行なった政策で、律令国家のあり方を具現化したもの。直線道路のあり方は古墳時代までさかのぼる。(略)雄略天皇の時代、(略)律令国家の建設に突き進んだ推古天皇の時代、律令国家完成の土台を築き上げた天武天皇の時代――。時代の転換期には道路の姿も大きく変化した。やがて律令国家そのものが弱体化し、ついに消滅すると、これらの道路も変質し、消滅してしまう。(略)」2021/10/30

13
葛城氏の興亡と道を関連づけた記述が面白かった。仁徳帝の皇后として三人の帝を産み、側室をもつことさえはばからせた(…M子か)葛城氏の出である磐之媛。彼女の留守中に浮気した仁徳帝にぶちぎれ、実家に帰らせていただきますとたくさんの人に川岸から船をひかせて、葛城に戻ったルートは日本書紀の記述によれば淀川から木津川を経るもの。最短ルートの大和川を通らないのはまだその頃、大和川の整備が進んでなかったから。そんな絶大な権力を握った葛城氏も雄略帝に滅ぼされ、幹線道路は葛城氏の葛上斜向道路から、天皇直轄の巨勢道へと変わる。2018/12/28

MASA123

10
奈良県の自転車道路と、本書で解説している古代の道路が重なっている区間が多くて、とても興味深い。本書を読んで、飛鳥・奈良時代の人になった気分で自転車で走れば、いつもの道が、ちがった景色に見えてくるかもしれない。 ただし、本書掲載の地図に、現在の国道や鉄道駅を表示してあれば、簡単に場所がわかるのですが、そういう親切な記載はなく、神社の名前なども現在の名称をつかっていなくて探すのがたいへんです。でも、親切な「奈良古道ガイド」本などには載っていない場所には、是非とも行ってみたいです。 2023/11/30

京橋ハナコ

6
毎日少しずつ読んだ。人の動きから歴史を探るのではなく、そこにあった道から人の動きを歴史を読む。すごく楽しかった。2015/04/02

マウンテンゴリラ

5
文化・文明の象徴といえば建築、特に古代においては、宮中の建造物や寺院というイメージが強かったが、道が古代の文化および政治権力の象徴であったという視点はなかった。そしてまた、道が古代政治の象徴である律令制の衰退と共に、象徴的なものから機能的なものへと変化していったというのも初めて知った。秩序から自由へ、それが生活重視、利便性重視の現代に至る、歴史的端緒であったのかもしれない。2022/02/15

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