内容説明
戦後文学の原点とも言える戦争体験を取り上げた作家・詩人は数多い。しかし、石原吉郎ほど、そのシベリヤ抑留における極限下の体験を自己への凝視に向け、告発と断念、絶望と祈り、沈黙と発語の拮抗する内面を、硬質で静謐な言葉で表現した文学者は少ない。石原吉郎の根幹にある「シベリヤ」「詩の発想」「聖書と信仰」「ユーモア」の四テーマによって散文を精選、その文業の核心と可能性に迫る。
目次
1 シベリヤ―フランクルに導かれて(確認されない死のなかで―強制収容所における一人の死;オギーダ ほか)
2 詩の発想(沈黙と失語;望郷と海 ほか)
3 聖書と信仰(『邂逅』について;半刻のあいだの静けさ―わたしの聖句 ほか)
4 ユーモア(私の酒;日記1(一九七二年) ほか)
著者等紹介
石原吉郎[イシハラヨシロウ]
1915‐1977年。詩人。東京外国語学校ドイツ語部貿易科卒。39年、召集。45年、ソ連軍により逮捕。53年、シベリヤ抑留から帰国。63年、詩集『サンチョ・パンサの帰郷』、72年、エッセイ集『望郷と海』刊行
柴崎聰[シバサキサトシ]
1943年生。詩人、日本近現代詩研究者。慶應義塾大学法学部卒。2008年、日本大学大学院博士課程修了(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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trazom
102
戦争を思う8月、何十年振りかで石原さんの文章に触れた。私はこの人の硬く理知的な文体が好きだ。石原氏のシベリア抑留体験のエッセイは、フランクル氏の「夜と霧」とよく比較される。告発の姿勢や被害者意識を排した深い内省的考察は共通だが、希望の光を求める「夜と霧」に対し、石原氏の体験には極限状態の闇が露わになる。「失語」という、この詩人の最も重要な言葉である。信仰が救いになったかと問われて「信仰が、危機に即応するような形で人間を救うものでないと痛切に教えられた場所こそシベリアであった」というキリスト者の言葉も重い。2023/08/30
ふるい
16
ジェノサイド。人、が一人ひとり峻別されぬ死。この不条理が強制的に日常とされる地獄と、抜け出した先に待っていた失語。生きるための断念と信仰、試作について、非常に真に迫るものがあった。石原吉郎の詩を読んでみよう、とおもった。2019/07/08
踊る猫
14
V・E・フランクル『夜と霧』と同じくらい、死が身近にあったシベリア抑留体験という過酷な体験をなんの自己憐憫もなく冷徹に自己を見つめて描き切ったエッセイが集成されている一冊。苦しみはしかし抑留中ももちろんだが、解放されたあとにも残るという(今の言葉で言えば PTSD だろう)指摘が興味深い。来年は図らずも没後四十年となるわけだが、フランクルの書物と同じくこの書物は戦争を忘れないための書物として読み継がれるべきではないかと思う。だがこれ以上深いことは書けそうにない。いずれ読み返す日が来るのだろうと考えてしまう2016/12/10
Bartleby
11
詩人・石原吉郎が壮絶なシベリアの収容所体験、そして失語体験を経て紡ぎ出す言葉のむこうには、言われなかった膨大な言葉がある。一方、じっさいに書かれた言葉は、どれほどの労力と苦痛と記憶との軋みから搾り出されたものか。詩が混乱状態に適した形式だという指摘は石原吉郎という人にしかできないものだ。なまじっかには読めない。読者に一個の人間としての応答責任を強いずにはいない。2022/09/07
芋煮うどん
3
名前についての考察が胸に迫った。どこの収容所の壁にも名前が刻まれている。最後に残したいもの(残せるもの)は名前なのだ、と。すると無名兵士の墓と呼ばれるものの残酷さ、よ。2025/02/19
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