出版社内容情報
役に立たない年寄りは、早く世を去ったほうがいい――超高齢化社会のいま、現代版「姥棄て」を求める気配がありはしないか。日本に伝承されてきた棄老の民俗と、『遠野物語』『楢山節考』『蕨野行』等の棄老を描いた文学や映画から、家族・共同体・国家と老いを考える。世代間をやわらかく架け渡す、「降りるための思想」にむけて。
【目次】
序 章 姥棄てへの道行きのために
棄てるとは、棄てられるとは
爺ではなく、なぜ姥か
「すてる」の繊細な多義性
分かちがたくある遺棄と殺害
描かれた棄老と「集団自決」
老人の集団自決とはこのようなもの?
『ミッドサマー』を考察する
崖/伝承のアッテストゥパン
解釈は議論の素材たりえない
美少年が老いるとき
『ベニスに死す』のその後に
顔を専有する暴力と悲しみ
若さに囚われる罠
避けがたき老い
第一章 老いのフォークロア――棄老譚を読みなおす
はじまりとしての姨捨山
棄老は伝説か事実か
『大和物語』/信州更級の「姨捨山」
家族間の葛藤で棄てられた姨=伯母
棄てる先は、なぜ山なのか
「姨捨山」から謡曲『姨捨』へ
棄老をめぐるさまざまな共同幻想
愛とモッコのあいだに
柳田国男の「親棄山」
外来型〈孫とモッコ〉〈老人の知恵〉
日本型〈婆と小槌〉〈奥山の栞〉
昔話から推測する母系制、父系制
棄老譚をめぐる家族/共同体/国家
棄老の理由を考える
サバイバルの作法としての可能性
国家の法に組
みこむことの矛盾
棄老における死生観と他界観
棄老の場所とその呼び名
死と埋葬の濃密なイメージ
死という時間・他界という空間への旅
〈更級の姨捨山〉〈婆と小槌〉の他界観
木の股に棄てられる老人と山の神
境界となる年齢
木の股にまつわる棄老伝説
股の木に託された死と再生
イニシエーションとしての事例
棄老から祝福への転倒
語られざる歴史の一端に触れたい
棄老から隠居へ、小屋を立てる
失われた古老の役割
弱者となった老人の習俗
婚姻形態と隠居のあり方
隠居制度以前の小屋住まい
通過儀礼として小屋を焼く
姥棄てから浮上する家族制度
嫁と姑の主婦権をめぐる争い
嫁入婚によって浮上した主婦権
婆を山で焼くということ
豊穣な老いのフォークロアへ
第二章 姥棄てはいかに描かれているか
棄老譚の黄昏のなかで
文学から読む棄老の精神史の残像
『遠野物語』以前/以後
『遠野物語』/棄老譚の近代を背負って
デンデラ野伝承の孤立と異端
異質で稀有な『遠野物語』
労働し、生き延びる老人
ダンノハナ/デンデラ野
生/老/死を背負った場所
集合的記憶としてのデンデラ野
『楢山節考』/現代の民話の試みとして
『楢山節考』が描いた棄老の習俗
「山へ行く」こ
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