出版社内容情報
四国88カ所.金剛杖を手に,1400キロをひたすら歩く.-人はなぜ四国をめざすのだろうか.いま,ひとりのお遍路として歩みながら自らに問う.心に浮かぶ名句,名歌を散りばめて綴る連作エッセイ.
内容説明
四国八十八カ所。金剛杖を手に、千数百キロをひたすら歩く。土地の人から受ける「お接待」が心にしみる。―人はなぜ四国をめざすのだろうか。いま、ひとりのお遍路として四国路をたどる著者の胸に去来する問いだ。人びとと出あい、自然の厳しさに打たれつつ歩む巡礼行を、達意の文章で綴る連作エッセイ。
目次
1 徳島・へんろ道(誘われる;着る ほか)
2 高知・へんろ道(解き放つ;突き破る ほか)
3 愛媛・へんろ道(痛む;泊まる ほか)
4 香川・へんろ道(哭く;死ぬ ほか)
番外 登る
著者等紹介
辰濃和男[タツノカズオ]
1930年、東京に生まれる。1953年、東京商科大学(一橋大学)卒業、朝日新聞社入社。ニューヨーク特派員、社会部次長、編集委員、論説委員、編集局顧問を歴任。この間、1975‐88年、「天声人語」を担当。93年退社。現在、日本エッセイスト・クラブ専務理事
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
よこしま
33
私どもも土から生まれてきて、死んだあと土に帰ってゆくんですな。◆自分とはなんだろう?と自問しつつ様々な本を読んでいます。そして、その最終形が四国においてのお遍路だと思っていました。◆著者は元朝日新聞の記者。今回は取材ではなく、6回の区切りうちで歩き遍路をされた方です。それでも定年した後の年齢ですから体力的には相当なものだったはずです。◆この限界の精神力と向き合うのですから、周囲の方がお接待してくれたり、出会いがあるのでしょう。「解き放つ」「突き破る」「包み込む」。◆悟る旨を丁寧に書かかれている良書です。2015/04/24
Arisaku_0225
27
本書は四国遍路は何かを歴史・民俗学的な手法で捉えたものではなくい。等身大の人間が実際に歩き、見て、食べてきた経験を元に四国遍路を見せてくれる。著者の表現が上手いのか、まるで自分が遍路しているような気分を感じつつ読んだ。本書では非常に多くの人が出てくる。年齢も出身も背負っている闇も様々。ごく当たり前のことなんだけど、どこかすっぽり忘れていた。なんの為に遍路をしているのかなんて一概にはとても言えないのだろうが、俗世から離れて、自分と向き合おうとしている。遍路は決して簡単では無いが、何か得られるような気がする。2023/06/06
つちのこ
25
著者は元朝日新聞記者で天声人語を担当したエッセイスト。 さすがに文章は上手く、ぐいぐい引き込まれた。 1300キロを歩く四国遍路は雑念に支配された己の精神を浄化し、魂の昇華まで高める崇高な体験のようだ。 昨年、日本列島を北海道から鹿児島まで徒歩で縦断してみたが、自己の精神を鍛錬することはできなかった。宗教にすがるつもりはないが、コロナ禍の今、だらしなく過ごしてしまいそうな我が身にとって、「喝」を入れるためにも、次の目標としてチャレンジしたくなった。2021/01/06
rigmarole
15
印象度B。歩き遍路をしつつ、直近に行くところ・行ったところの章を読み、遍路の終了とともに読了しました。確かに共感するところもたくさんありました。例えば、轟音渦巻く中、車が通る度に気を付けねばならぬ舗装道路を歩くより、上り坂でも、樹木に囲まれ、小鳥の囀りを耳にしつつ、柔らかい土を踏みしめて歩く山道の方が、どれだけホッとすることか。しかし随所に著者の衒いや自己陶酔のようなものも感じられ、また「私はそうは考えなかった」という点もあり、すべてに同意しているわけではありません。人それぞれ。私は私の遍路をしました。2018/06/28
渡辺(読書/散歩)
14
四国遍路には「わけあり」が多いためか、道中で出会う人との話は総じてドラマチックです。歩いて、出会って、別れて、また歩く。八十八ヵ所のお寺が遍路の「点」なら、道中で出会う自然と人々は「線」。「四国遍路は点を結ぶ線にこそ宝がある」と筆者は述べます。丁寧に描写される美しい景色、自然の数々。歩くことで深まっていく思索と気付き一期一会で交錯する人間ドラマ。どう歩いても劇的になってしまう四国遍路が、こちらにも手招きしているように感じられました。 https://book-attic.com/shikoku-henro2023/12/15