出版社内容情報
すぐれた医者は病人のみならず地域社会や国の病をも治す.寒村の小さな診療所にはじまり,いまでは全国に知られる佐久総合病院.そこに敗戦直前に赴任し,「農民とともに」を合言葉に農村医療を実践してきた若月俊一.医師として,作家として人間の生と死を見つめてきた著者が,波瀾に満ちた信念の医師の半生をたどり,真の医療のあり方を問う.
内容説明
すぐれた医者は病人のみならず地域社会や国の病をも治す。寒村の小さな診療所にはじまり、いまでは全国に知られる佐久総合病院。そこに敗戦直前に赴任し、「農民とともに」を合言葉に農村医療を実践してきた若月俊一。医師として、作家として人間の生と死を見つめてきた著者が、波瀾に満ちた信念の医師の半生をたどり、真の医療のあり方を問う。
目次
第1章 若月俊一との出会い
第2章 若月俊一の生い立ち
第3章 波乱の東大医学部時代
第4章 佐久病院に赴任する
第5章 佐久病院の発展と若月批判
第6章 高度経済成長の中で
第7章 佐久病院の充実期と今
第8章 佐久病院と私
著者等紹介
南木佳士[ナギケイシ]
1951年群馬県に生まれる。1977年秋田大学医学部卒業。作家・内科医
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感想・レビュー
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kaoru
52
現役の医師である著者が描く長野佐久病院の若月俊一。高校時代にマルクスに傾倒し、東京帝大医学部時代は左翼学生。兵役を務めた後、治安維持法違反で検挙される波乱万丈の青年時代を送る。創設期の佐久病院に赴任してからは戦後の民主化のなか、農村の人々の健康維持に努める。賛美する者も批判者も多く、なかなか一筋縄ではいかないこの人物を同じ佐久病院の勤務医として冷静に見つめたのが本書である。「アカい」病院を潰そうとして公的病院を周囲に建てる保守勢力に対し、経営者として現実に立ち向かうと同時にヒューマニストとしての生き方を→2021/02/17
Miyoshi Hirotaka
29
事業の目的は顧客の創造で、全ての組織活動に共通。戦前に投獄経験を持つ青年医師が「農民とともに」を合言葉に農村医療を実践し、戦後の民主化運動の中で院長に就任。レッドパージの猛威を職員と地域の団結で乗り切り、「アカい病院」といわれたが、診療所規模だった佐久病院を大病院に育てた。生活水準の向上により、顧客のニーズは農村医療から専門医による高度医療に変わっていった。かつてのマルクスボーイは、経営者に変貌。働く人を動機づけ、社会貢献を実現し続けた。反社会的活動に走った活動家に比べれば、左翼思想が善用された稀有な例。2019/08/04
ひかりパパ
13
「上医は国を医す{いやす)」優れた医者は病人だけでなく地域や国の病を治すという。若月俊一は学生時代に共産党入党しそして後に転向。その後治安維持法違反で一年間の拘留と波瀾万丈な東大時代を経て信州佐久に赴く。そこでは経済的にも保健衛生面でも都市部と歴然とした格差があった。若月は医師としてだけでなく社会運動家としてこの格差を埋めるなければならない使命感があった。農村に自前の大学「農村医科大学」を設立する構想を打ち出したり、京都先斗町でヤクザを騙って勘定を値切ったり破天荒でスケールの大きな魅力的な人物だ。2016/08/27
もえたく
13
堤未果氏の『沈みゆく大国アメリカ〜逃げきれ日本の医療』でも紹介されていた農村医療の父と呼ばれる若月俊一医師の評伝。著者は『ダイヤモンドダスト』で芥川賞受賞した南木佳士氏。南木氏が若月氏に憧れて長野県の佐久病院に医師として勤務していたことにまず驚く。そして、その若月氏が治安維持法違反で1年間も拘留されていたことも。尊敬の念を持って若月氏の功績も描かれていて、大変読みやすい評伝でした。2016/02/18
博多のマコちん
7
若かりし頃読んだ「村で病気とたたかう」(若月俊一著)に強いインパクトを受けたことがあり、好きな南木佳士が上司にあたるその著者を評伝として書いているのを知り読んでみた。若月俊一は農村医療の先駆として知られる佐久総合病院を長く牽引してきた人。多面的な性格の持ち主としてその負の部分も南木さんは書きたかったようだが、根底ではで敬意を抱いている(だから上医)ためにその辺のことは控えめ。「若月を父として、昭和を母として佐久病院は生まれ多くの人に育てられてきた」と記しており、結局南木さんは元院長もこの地域も好きなのだ。2020/07/06
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