出版社内容情報
小説は人びとの精神と生活のもっとも偽りのない鏡である.本書は,成島柳北や仮名垣魯文の開化期から,森鴎外や夏目漱石を経て芥川竜之介の死にいたるまで,明治・大正期の作家とその代表的作品のすべてを網羅した近代小説入門.円熟した批評家の深い洞察と鋭い批評は,作家たちの思想と作品の価値とをあますところなく解明している.
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
夜間飛行
197
逍遙・二葉亭による道徳的功利主義からの脱却は、元禄ルネサンスを目ざす硯友社や、青春を燃焼させた透谷・一葉を経て、若々しいロマンの発現と社会への関心を見せた後、日本独自の自然主義文学を生んだ。これは科学と連繋する西洋の自然主義とは異なり、自我の解放や内面の尊厳など寧ろ西洋ロマン主義の理念を追求したらしい。そうした傾向は独歩に始まり、藤村や花袋の手がける私小説によって事実偏重の形を取り、反動として現れた耽美派、白樺派、主知派も含めて大きな渦を成していった。世界の離島だった日本の小説の特殊性を的確に論じている。2023/05/04
HANA
68
明治維新から大正まで、小説がどのような流れを辿ったかを紐解いた一冊。自然派、白樺派といった文学史としてだけでなくそれぞれの派における各作家の特徴、作品の特徴まで紹介されておりこれからこれらに触れようとする読者にとっては格好のガイドブックとしても機能すると思う。ただ出てくる作家や作品が極めて教科書的な作品ばかりなので、現在では作品自体を探すのが難しいかも。一部以外現在では作品が一般に忘れられた作家が多いが、それでも当時の暮らしや価値観を知るという小説本来が持つある一面を確かめる為、読んでみたくなる本が多い。2024/01/21
カブトムシ
28
p140~141。明治43年(1910年)を、一応大正文学の土台を形づくった白樺派と耽美派の出発点とすると、耽美派の永井荷風が31歳で正宗白鳥と同年、谷崎潤一郎が24歳、佐藤春夫は18歳、これに対して「白樺」に集った人々は有島武郎の32歳を最年長として、次いで有島生馬の28歳、志賀直哉の27歳、武者小路実篤の25歳、里見弴と長与善郎の22歳の順。彼らが別格の長老視した鷗外漱石にしたところで、前者が50歳、後者が44歳であったことを思えば、当時の作家の平均年齢は今日の常識では想像できぬくらい若かった。
フム
20
1954年発行以来、読みつがれている明治大正期の文学史を扱った新書。私が手にしているものは2018年11月5日 第74刷とあり驚いてしまった。読書会で読んでいる『精神の歴史』にも度々参考文献として引用があり、気になっていたが、読んで良かった。これまで国語や日本史の教科書で習った文学史は、途切れ途切れの知識のままだったが、この本を読んで明治の文明開化以来の文学に当時の日本人の精神が鏡のように映し出されていた。明治期の黒船来航の衝撃は科学の過信と文学軽視の思想を生み、それは現在にも残っていると思った。2019/09/15
かば
17
名著。下記に内容をまとめる。文明開化といっても明治最初期は実用面での西洋文化の取り込みが重視され芸術分野は軽視されがちで合ったため、近代小説は戯作や政治小説を経て明治中葉に漸く我が国に誕生した。坪内逍遥・二葉亭四迷の自然主義文学がその祖であり、硯友社の面々がそれを引き継いだ。写実的な小説の芸術性を追究した自然主義の後に興ったのが、永井荷風・谷崎潤一郎らの耽美派と特権階級の苦悩を描く白樺派である。前者は森鴎外のロマンティズムに、後者は知識階級を描いた夏目漱石に、大きな影響を受けている。2020/06/12