出版社内容情報
反政府的言動のかどで逮捕されたゲルツェンは、流刑囚としてシベリアの入口にいる。「僕はウラル山脈の氷のような空気を吸った。その空気は冷たかった。しかし、それは新鮮で健康的だ。シベリアは新しい国だ。独特なアメリカだ」。五年にわたって余儀なくされた流刑生活が二十代の青年にもたらしたものとは。(全七冊)
内容説明
ゲルツェン二十三歳、シベリアの入り口で書く。「僕はウラル山脈の氷のような空気を吸った。その空気は冷たかった。しかし、それは新鮮で健康的だ。シベリアは新しい国だ。独特なアメリカだ。」五年にわたる流刑生活が彼にもたらしたものは何か。(全七冊)
目次
第2部 牢獄と流刑(承前)(一八三四‐一八三八)(ペルミ;ヴャトカ;シベリアの行政;アレクサンドル・ラヴレーンチエヴィチ・ヴィトベルク;皇太子の行啓;ラウジーミルにおける生活の始まり)
第3部 クリャジマ川の畔なるウラジーミル(一八三八‐一八三九)(公爵夫人と公爵令嬢;みなし児;別離;わたしの去った後のモスクワで;一八三八年の三月三日と五月九日;一八三九年六月十三日)
第4部 モスクワ、ペテルブルク、ノヴゴロド(一八四〇‐一八四七)(モスクワの新しい仲間)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
藤月はな(灯れ松明の火)
57
流刑先で出会ったのは貧しい生活を送るが故に権力に阿り、更に自分より弱い人を叩く事で自尊心を保つ人々だった。民衆に幻滅する最中、憧れの芸術家が運命に打ちのめされ、去勢された上、牙を抜かれた虎同然になっているのを見てショックを受けるゲルツェン。だが、阿諛追従・日和見な人々へ一見、褒めているように見せかけて強烈な皮肉を飛ばす舌鋒は冴え渡っているのが流石。一方でアレクセイ皇太子の御幸には淡白だ。そして一番のハイライトは冷徹な公爵夫人の養子として人並みに育てられるも愛情は与えられなかったナタリーとの駆け落ちである。2024/09/07
ケイトKATE
20
反政府思想の廉で逮捕されシベリアへ流刑の判決を受けたゲルツェン。シベリア流刑といえば、ドストエフスキーが受けた極寒の地での過酷な苦役が思い浮かぶが、ゲルツェンの流刑は比較的軽く役人の助手の仕事をしており、ゲルツェンは誇張していると思う。ただし、逮捕されるまで大都会モスクワで不自由なく育った身としては苦痛だったかもしれない。流刑先でゲルツェンは役人たちの腐敗を目撃した。この体験が『ロシアの革命思想』を執筆するきっかけになり、ゲルツェンの皇帝に対する反発と、社会変革への決意をより強くしたのは確かである。2026/01/28
roughfractus02
11
訳者あとがきには、帝政ロシアでの流刑の軽重の概説があり、地方への追放と強制労働させる徒刑の別があるという。高名な貴族の血筋の著者は前者で下級貴族のドストエフスキーは後者だそうだ。シベリアの手前の地方への追放でも事務職に就けた著者は、情熱的な恋愛や結婚をしヘーゲル哲学も議論できた。一方地方の仕事はピョートル大帝の欧化政策の歪みが役人の権力に対する狡猾な保身を生むシステムの機能不全に至ることを知る機会を作る。シベリアまで歩かされるユダヤ人を見る著者は自身も含む権力システムの硬直化を思い知る(1848年まで)。2026/03/17




