内容説明
日露戦争下の明治37年、足尾銅山の鉱毒処理のため水没・廃村に追いこまれようとしていた谷中村に田中正造は移り住んだ。およそ10年にもおよぶ苦闘のすえ、人間の「生存権」を基本とする人権思想の確立、自治の回復とそれに立脚する人民国家の展望、綿密な河川調査に基づく治水の研究等、その思想は急速に深化をとげていった。
日露戦争下の明治37年、足尾銅山の鉱毒処理のため水没・廃村に追いこまれようとしていた谷中村に田中正造は移り住んだ。およそ10年にもおよぶ苦闘のすえ、人間の「生存権」を基本とする人権思想の確立、自治の回復とそれに立脚する人民国家の展望、綿密な河川調査に基づく治水の研究等、その思想は急速に深化をとげていった。