出版社内容情報
反乱軍のリーダーと,国を守る神官との許されぬ恋.激情と官能と宿命が導く古代オリエントの緋色の世界.(全二冊)
内容説明
マトー率いる傭兵の反乱はカルタゴを苦しめる。長引く戦闘、略奪、飢餓。女神の聖衣を奪われ国を窮地に陥らせたサラムボーへの糾弾の声は高まり、ついに獰猛なモロック神への子供たちの供犠が始まる。激情と官能と宿命が導く、古代オリエントの緋色の世界。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
のっち♬
94
大水道の破壊でカルタゴは枯渇。雨乞いのため幼児供儀が行われる中、サラムボーはザインフの奪還を試みる。人肉食、四肢切断、吸血、殺し合いの強要といった両陣営が見せしめのために行う残虐行為など極限状態における人間模様はまさに地獄絵図で、激烈な印象を残す。『ボヴァリー夫人』の裁判で溜まった著者の鬱憤がサディスティックな要素となって迫ってくるかのよう。攻城兵器などの精緻な描写も「猛勉強」の成果が出ており、決して豊富ではない情報量や実地調査から豊かに発想を広げる愉悦も十分に感じる。ヒロインの存在感はこれが限界だろう。2021/10/29
藤月はな(灯れ松明の火)
77
ハミルカルの策謀と攻撃をしてもマトー率いる蛮族の攻撃は止まない。水道橋も止められ、飢えと乾きに苦しむカルタゴ。そして女神への信仰心を失う程に追い詰められた人々は、ある事を思い出す…。モーロックへの供儀の為に息子ハンニバルを捧げる事に我を失う程に苦悩するハミルカルが、子供を捧げるしかない奴隷の父親へ共感を覚える場面が印象的。それを経てのモーロックへ生贄を捧げてからの展開は余りにも血腥い。そしてファムファタールへの最後の一文は余りにも無情で強烈だ。本当に劇で観たいな!!2020/01/16
星落秋風五丈原
35
「聖布を取り戻すためなら何でもやってこい!」とサラムボーをたきつけてマトーの所へ行かせたにも関わらず、いざ戻ってくると嫉妬に狂いサラムボーを糾弾する神官シャハバリム、オセローのイヤーゴーの如くマトーに毒を吹き込むスペンディウス、息子(ハンニバル)は替え玉を使ってでも守るのに、娘は戦勝の褒美にくれてやるくらいの軽い扱いにしか見ていないハミルカルなど、キャラクターが立っている。残酷描写も多数。『ボヴァリー夫人』で叩かれた鬱憤を晴らしたかったかのよう。2023/09/02
三柴ゆよし
32
元来、ロマン的な趣味嗜好を多分に持ち合わせていたフロベールが、精魂傾けた処女長篇『聖アントワーヌの誘惑』を友人たちにこきおろされ、それならと書いたロマン主義殺しの大傑作、起死回生の『ボヴァリー夫人』は批評家連に酷評され、どころか風紀紊乱のかどで裁判沙汰にもなり、もうほとほとリアルな世界に厭気がさして書いた(と思われる)、現実逃避の大長篇歴史ロマン。古代カルタゴ、第一次ポエニ戦争直後に起きた傭兵の反乱を、気の遠くなるような資料の渉猟によって描き出しており、とにかくアホみたいに人が死にまくり、象が走りまくる。2020/05/03
YO)))
24
「ボヴァリー夫人」や「三つの物語」に比べると、小説としての結構の緊密さや完成度の点では、そこまで優れたものではないと感じる。 しかしながら、戦象が暴れ回り投石器が唸りを上げ巨大な攻城兵器が城壁に迫る、古代の戦の陰惨な華々しさ、子供達を生贄に捧げる宗教儀式の苛烈な壮麗さ、ファム・ファタールたるサラムボーの神秘的な美しさ、などには目を見張るものがある。 あとがきで語られているように、アカデミックな歴史学とは異なる、文学的な誠実さに於いて、古代オリエントの世界─と夢─をリアルに現出せしめた傑作だと思う。2019/12/21