内容説明
目覚めるとそこは二十二世紀のロンドン―緑かがやき、水は澄み、「仕事が喜びで、喜びが仕事になっているくらし」。社会主義者・美術工芸家モリス(一八三四‐九六)の実践と批判、理想と希望が紡ぐ物語。ユートピアの風を伝える清新な訳文に充実した訳注を付す。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
366
19世紀末に生きたモリスが夢想したユートピア社会。そこは200年後のロンドン。そこには搾取も強いられた労働も貨幣さえもない。テムズはあくまでも澄み渡り、もちろん煤煙もない。すなわち、あらゆる意味においてモリスの庶幾する理想的な世界である。篇中ではフーリエに対して否定的な言辞も見られるが、これはまさに空想社会主義にほかならない。したがって、200年の懸隔を一気に飛び越える必要があったのである。もちろん、その過程の説明が全くなされないわけではないのだが。現代を逆照射する鏡などと言うが、さていかがなものだろう。2021/09/18
ケイ
136
19世紀の作者が考えたユートピア。定義やあり方を、丁寧に書いている。だからこそ、読んでいて虚しい。本当にいつかは、どうにかすればユートピアはやってくると思えたのだろうか。作者の真面目に追求するさまが、時代や地域や環境によって望むユートピアは違うということを見せつけているきがした。存在しないから、そこには行けないからこそのユートピア。そもそも条件なんかあってはいけないのだろう。2017/07/07
syaori
69
モリスの描く理想郷。「完全なコミュニズムが実現」した世界の屈託なく幸福な生活が描かれます。装いも人品も美しい人々が手仕事に立ち戻り、芸術家として仕事をする情景はモリスの提唱したアーツ&クラフツ運動の理想を体現するよう。その理想郷は、自身の罪に悲しみを覚えない人間は「拘束しなければ」という言葉のとおりディストピアと表裏一体のものではあるのですが、そうであっても、この物語の、人間の精神の最も美しい部分を掬い取ったような理想郷への憧憬と共感が自分の中にもあることを確認することの幸福は何にも代えがたいものでした。2022/06/28
きりこ
33
22世紀にタイムスリップしたらそこは意外にも中世のような佇まいを残した牧歌的な風景が広がっていた。自然の中で芸術活動に喜びを感じ、誰もが働くことに生き甲斐を持っている理想郷。つまりは夢物語なのですが、思想家で詩人で美術工芸家でエコロジストでもあったモリスの世界、例えば芸術感・労働感などが集約されている作品とも言えると思うのです。特にマスタークラフツマンとしてのモリスの想いが強く伝わってきます。貧富の差なくアートを楽しめるよう美術工芸と生活との一致を目差したデザイナーとしてのモリス。続く→ 2013/10/02
em
15
モリスが傾倒した社会主義が現実に運用されるとどうなるかを私達は知っているので、ずるをしているような気分。モリスは実際手仕事が大好きで、誰もが自分と同じだと信じていたらしい。ここで語られるユートピアに移行するまでの歴史に、そのまま現状に当てはまる部分があるのが怖い。モリスに限らず、この時代に先を見ていた人の危惧や憂いはおおむね的確で、ただし提言となるとそうはいかないのが世の常。とすると、今書かれている近未来世界もディテールはともかく、起こりうる問題や人の有様はそんなに外れていないのかも、と思ってしまう。2017/12/03




