内容説明
「彼女に恋していたから、彼は苦痛だった」―裕福な趣味人マリオルは心ならずもパリ社交界の女王ビュルヌ夫人に魅惑される。マリオルの繊細な愛情を喜びながらも、夫人がなにより愛するのは自らとその自由…。独立心旺盛な女と、女に振り回される男のずるさ、すれ違う心の機微を、死期の迫った文豪が陰影豊かに描く。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
のっち♬
122
職に就かず裕福な趣味人として生きるマリオルは文化人が集うサロンを開く未亡人に魅惑される。梅毒に全身を蝕まれながら執筆された遺作で、覇気ある男らしさに憧れつつ終始受け身に甘んじる主人公の苦悶は著者の衰弱した精神状態を窺わせる。煮え切らない、割り切れない、動かないストーリーも然りで、会話から性行為まで関係の空虚さを認識しつつ溺れていく感情の機微の綿密な描写は主軸を担うだけの円熟の水準。富裕層の情の欠落を分析する小説家の台詞や、冷笑的な人物造形も著者の歪んだ女性観を代弁している。喜びも出口もない不活発な恋物語。2022/03/08
ケイトKATE
21
上流階級で芸術に造詣が深い独身男アンドレ・マリオルは芸術サロンで、若い未亡人でサロンの女主人ミシェル・ド・ビュルヌ夫人に恋をする。ビュルヌ夫人も周りの男性に比べ誠実なマリオルに好意を持つも、常に恋愛の主導権を握りたいために思わせぶりな態度を見せてマリオルを苦しめる。上流階級の恋愛ゲームが続き登場人物の言葉に空虚感を感じるが、モーパッサンが書くマリオルとビュルヌ夫人の心理描写には細やかさを感じた。なお、タイトル『わたしたちの心』に副題を付けるなら「どうしてつながらないの」と付けたくなった。2020/05/17
ラウリスタ~
13
モーパッサンの最後の長編1890。彼がこれほど素晴らしい恋愛小説を書いていたとは知らなかった。徹底的なミソジニーに裏打ちされた「恋愛=男の高貴な愛と、それに値しない美女」という構図は確かだが、それでも恋文作文が作り出してしまう幻想女を、実際の女と取り違え執着していく男と、そして多くの男に侍られる(衆人環視のもと)ことのみを望みつつ彼を愛することができない(男目線で)女との相互依存症は見事というほかない。パリのミニ社交界(女)と、モンサンミシェルとフォンテーヌブローの自然(男)。オタサーの姫のサロン運営記録2019/12/18
ろべると
11
モーパッサンの遺作だが、どこか教科書的に感じる「女の一生」と比べても、成熟した内容で大変素晴らしかった。大きなストーリーの動きはないものの、主人公マリオルを翻弄するビュルヌ夫人の造形と、二人の間に交わされる高度な恋愛心理戦が興味深い(最後のエリザベトの登場は少し作者のご都合主義かと思ったが)。マリオルが隠棲するフォンテーヌブロー近郊、ロワン川沿いの村の描写は、近くに行ったことがあるだけに懐かしい気持ちになった。モーパッサンは「ベラミ」も良かったし、もう少し長生きして欲しかった。2021/07/15
ひでお
9
最初、モーツァルトのコシ・ファン・トゥッテの逆バージョン、”男はみんなこうしたもの”というのが作者の意図かと思いました。が、よく考えてみると男を翻弄する女性のほうも、男から求められるものと自分が望むもののギャップに悩んでいて、結局、”男も女もこうしたもの”というところなのかな。それにしても身分違いとはいえ、エリザベトの扱いは、これはもう・・・・2020/10/01