出版社内容情報
紀元4世紀頃,テバイス山上にて隠者アントワヌが一夜の間に,精神的生理的抑圧によってさまざまの幻影を見,それに誘惑されながら十字架の許を離れずに,ついに生命の原理を見出して歓喜するという一種の夢幻劇的小説.幻覚の発生様式,当時の風俗習慣等,完璧に近い美しさと厳密さを有し,作者が30年の歳月をかけて成った傑作.
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ラウリスタ~
13
これは読みにくいな。渡辺一夫訳の古臭さもさることながら、そもそも作品として成立しているのか。研究者や一部マニア以外にとって、ほとんど読むに耐えないだろうと思ったら、どうやら当時の友人たちからも総スカンだったらしい。49年に一度完成したが、シャルパンチエから出版されたのが74年。何度も修正を加えてこの形になったらしいが、壮大な自己完結型妄想の世界は読まれうるものではなかったということだろう。(もっともこの手の作品は再読することしかできないタイプの作品であり、初読であった今回はノーカンというべきだろう)2016/03/30
eirianda
5
なんとも混沌とした話。異教の神が悪と化し、それぞれのイメージがはっきりしていないがゆえに、こちらの頭の中もゴチャゴチャと……。映画の『サテュリコン』を見たあとのような、ラブレーの『パンダグリュエル』のような、そんな感じ。でも、嫌いじゃない。観てインスパイアされたというブリューゲルの絵も、ヒエロニムスの流れを汲む、なんかキッチュなでも魅力的な……。でも、最後がなぁ……??? でも、嫌いじゃない。2015/01/21
mortalis
4
再々読。やっぱり傑作だと思う。冒頭のアントワヌの様子がしみた。世を離れて善へと向かおうとする者は狂気(残忍な狂気)を通らなければならない、通るというより、それこそ恩寵なしには脱けることのできないそれに入り込む、陥るというか。あるいは、遁世じたいが狂気の結果で、残酷な治癒によって終るのだろうか。次いでアントワヌが見る幻想のなかで、多くの神々が深淵に消える。アントワヌの神である旧約の神も消えていく。これは新約の神の場所をあけるために普通そうならなければならないのだろうか、それとも胸躍る異常事態なんだろうか?2015/09/19
belier
3
聖者アントワヌ(アントニウス)が見た幻覚が展開されるお話。様々な神々や悪魔的な魑魅魍魎、仏陀も登場する。ゲーテのファウストを思い出すつくりで、解説によるとやはり影響されているようだった。しかし表面的には似ているが、本質的に両者は違うという説明もされていた。渡辺一夫の流麗な訳文は楽しめたが、聖者っぽくない言葉遣いに違和感があった。原文でそういう言い回しなのだろうか。この作品は、ある本によると、多くの文献を参考に書かれているという。正確なのかはわからないが、神話や宗教の知識を総動員した感じはあった。2025/01/20
ミコヤン・グレビッチ
3
このタイトルから誰もが想像するのは、信徒が悪魔の誘いや欲望を見事に跳ね除け、聖人と称される話だろう。実際、この小説もそんな「誘惑」から始まるのだが、そのくだりはすぐに終わり、物語はナナメ上へと展開する。異端や邪教の声高な主張に辟易させられたり、「エジプトの神々やギリシャ神話や仏陀も否定するのか?」と詰められたり、「知識」という名の悪魔に太陽系のしくみを見せられて「神はどこにいる?」と問われたりと、信仰を根底から揺さぶられるような試練(イジメ?)に遭うのだ。得も言われぬ滑稽味もあり、思いのほか楽しく読めた。2020/10/17