出版社内容情報
ドイツの詩を新しく切り拓いたリルケの特質を最も明快に示す作品である.ここには悲歌の苦悩の頌歌と,ソネットの生の頌歌が流れている.すなわち彼はこの作品で,「堪えられないほどに増大した苦悩に,形を与えることによって,その大きな苦悩の量から生みだすことのできる幸福が,いかに高い幸福になり得るか」を示そうとした.
内容説明
青年詩人マルテは一人故郷を去ってパリに出た。不安と恐怖、絶望と焦燥―孤独な生活の中で、マルテは深く内的な世界に沈潜し、日々の経験と幼き日の思い出を書き綴る。リルケ(1875‐1926)は自身がパリの現実に直面して受けた衝撃を、一詩人の内面告白という形でこうして形象化した。リルケの特質を最も明快に示す作品である。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
夜間飛行
64
まず伝わってくるのは、心が未知のものに触れた時の痛みとも疼きともつかぬ感覚である。《誰の顔も見世物小屋からさしている明りを浴び、傷口から膿が流れ出るように口から笑い声が流れ出た》《みんなは立ったまま交合しているかのように、かすかにゆるやかに波打っている》…これらはただの比喩ではない。詩人の内的体験に取り込まれて眩暈を起こしそうになる。レース編みを広げて、笹、蜘蛛の網、修道院の窓、縺れる蔓、花粉を散らす花…と変化する模様を見ながら、「編む人にはこれがそのまま天国だったのよ」と母が語る幼い日の記憶もまた然り。2014/06/22
イプシロン
28
村落共同体という時間空間的につながった「生」。その「生」が失われてゆく近代は「死」の時代といえる。近代は、人々に不安と恐怖、そして孤独をもたらす「死」の宿痾であった。マルテはその「死」と向きあう。それはまた自己自身と向き合うことであり、幼年期の思い出に還る道でもあり、神なき神を求めることだった。近代における都市化がもたらした損失に自覚的な人が読むなら、深く心に刺さる「手記」。しかし、詩人が書いたお洒落な小説を求めて読むなら、手酷い目に遭うだろう。それぐらい、深く難解な内的自省が、『マルテの手記』である。2024/04/16
kero385
22
望月市恵先生の翻訳は、ドイツ文学において私の最も信頼し親しんだ翻訳。トーマス・マンの「ブッデンブローク家の人々」「魔の山」「ワイマルのロッテ」。そしてこれは下訳であり完成は弟子の小塩節先生に託されたが、「ヨゼフとその兄弟」四部作などが私の本棚にある。他にグリンメルスハウゼンの「阿呆物語」。中でも一番気に入っているのが、このリルケの「マルテの手記」である。2025/10/03
魚京童!
18
こうして人々は生きるためにこの都会へ集まって来るのだが、僕にはそれがここで死ぬためのように考えられる。2015/10/01
ぞしま
15
リルケの唯一の長編小説(らしい)。大きな筋があるわけではなく、概ね独白と回想によって構成されている。詩人の未分化な魂の抱える熱量と眼差しは、至る所に散らばり根ざそうとする。だが我々の現前に想起されるのは、水中を重たく歩く足どりや、夕闇の路地をふらつく影、あるいは、ぼやけた光が交錯した形ともつかない像……のような粘度の高い抽象的な重みだ。畢竟、それは詩情を抱えながら育み生きていこうとする人間が、穿たなくてはならない(宿命とも言えた)現実的な景色なのだろう。彼岸から眺め見やるように読むべき本ではない。2016/12/18




