内容説明
甲高い少女の叫び声、ネズミ花火の炸裂音、空襲警報、戦争が終わったあとの、静穏と澄明―。耳底に刻まれた“音”の記憶をたよりに、人生の来し方を一人称“私”ぬきの文体で描く自伝的長篇『耳の物語』二部作の前篇。幼少年期から大学を卒業するまで、闇のなかでふるえながら眠る蛹のような記憶を、隠喩に満ちた彫心鏤骨の文章でたどる。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
さえもん
3
本作は、後年になってから書かれたものだろうが、描写が詳細すぎる。戦後の風景なんか実際には見たことがないのに、その光景をありありと想像することができる。耳の記憶ってそんなに思い起こすことはできない。でも、何かをかっかけに書き出してみると、ツラツラと書けるものだったりもするのかな。続きが気になる。2022/11/18
檜の棒
3
開高健の自伝小説。青い月曜日を更にブラッシュアップしたという。戦前戦中戦後の貧困と飢渇に喘ぎ、酒に慣れて大阪の裏町を生息する一人の男に親近感を持った。汚濁と雑踏に紛れ、繊細な文学青年が放浪するようだった。時々、ドキリとする格言も飛び出してくる。プルーストに影響されたから描いた自伝は「耳」を通して彼の人生と精神に拡がる。言葉の氾濫。時々、文字が解体されるような錯覚に陥るのは共感する。過日の大阪の闇市など、不思議と見たことないのに懐かしく思う。なぜだろう?2019/11/24
いのふみ
2
何より開高健は比喩がダイレクトに入ってくる。2024/04/03
大臣ぐサン
2
開高健自伝。戦中戦後の世の中に翻弄されながらも、時には弱弱しく時には時には太々しく、それぞれの生を生きていく大阪の人々。その生命力は活気にあふれて見える。学問よりも性と酒に溺れる学生。それは時代性なのだろうか。2022/07/17
まどの一哉
2
私にとって開高健はあまり親しんでいる作家ではなく、「日本三文オペラ」のように面白いものもあるが途中で投げ出したものもある。描かれていることの多くがもっぱらの現実で、逃れられない現実がこれでもかと連続する印象だ。私のように自身と現実の間に多くの妄想が挟まっている人間にとってこれはつらい。たいていの青春体験小説を読んでも「ああそうなの」くらいの感想しか持てないのがふつうだ。ところがこの作品は何気なくふと読んでみた数行で脳内にじんわりと快感が走り、連続する言葉の魅力に掴まった。2019/04/27