出版社内容情報
1925年の5.30事件下の上海の様相を一知識人の立場から伝えるこの作品は,排外運動の頂点である紡績工場のストライキや市街戦の渦の中で,極度の動揺と不安に陥った各階層の人間を写実的に描いており,またその激動の描写はきわめてダイナミックな力をもっている.この作は,新感覚派的手法の集大成といわれている.解説=小田切秀雄
内容説明
一九二五年五・三〇事件とは?日系紡績工場ストライキで出会う在留邦人と中国共産党の職女芳秋蘭。金融界から風俗業まで轟く排日排英の足音、露地に軋む亡命ロシア人や湯女の嘆き。国際都市を新感覚派の手法で多声的に描く問題作。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
藤月はな(灯れ松明の火)
88
ブイブイ、言わせていた頃の日本人の傲慢さとそれに対する中国人からの憎悪、一度、堕ちればどこまでも堕ちていき、這い上がれない女性たちの境遇に色々と読むのが辛いが読まなければならなかった。帝国主義による奴隷化から逃れるために共産主義を選んだ芳秋蘭に対し、参木らの薄っぺらさの落差に暗澹とせざるを得ない。ロシア革命で逃れて愛を乞うオルガ、参木の浅はかさのために保護と処女を喪い、娼婦になるしかなかったお杉の境遇が堪えた。そして工場を襲撃した中国人がイギリス人に雇われたインド人に撃たれるという部分がショッキング過ぎる2018/01/28
ソングライン
22
1925年の共同租界上海に暮らす銀行員参木。上司の不正、春婦に身を落とす日本人女性、革命後売られてきたロシア貴族の娘、人々が夜毎に繰り返す喧噪、そんな上海で起こる地元民による反植民地騒動。生きる目的もなく、死への逃走を夢見ていたニヒリスト参木がこの地で出会う共産党員の美しい女戦士秋蘭との結ばれることのない束の間の恋。当時の国際都市上海の混沌と日本人の立場が体験できる読書です。2021/07/23
ハチアカデミー
16
A 世界地図をフィールドとした壮大な遊技=グレート・ゲームの真っ只中、列強各国の人間が入り交じり、ある種の無法地帯となっていた場所・上海を描く横光利一長編作品。歴史的、社会的にも取り上げるべきことは多いのだが、何よりも、物語・技術が合致した小説として面白い。主人公・参木は極端なニヒリストかつロマンチスト、甲谷は金と女にしか興味のない俗物。この二人と、彼らの周囲の女たちの絡み合った愛憎劇。なまじ愛に国がからむから面白い。そして時折挟まれるゴチック趣味も◎。知人山口の家の地下に散乱する骨肉の描写は強烈。2012/09/05
Kotaro Nagai
11
著者の長編第1作。昭和7年刊行後改作して昭和10年版。横光は昭和3年の春に1か月ほど上海に滞在しこの作品が生まれた。舞台は1925年(大正14年)に起きた五・三十事件前後の上海共同租界に生きる日本人の男女を中心にスノッブな人間模様を描く。中心となる参木と友人甲谷に湯女から娼婦に身を落とす女、ダンサーの女性との関係・心理を独特の表現で描写される。これが新感覚派的な表現でしょうがピンとこないところもある。ちなみに、20年後の上海を描いたのがバラードの「太陽の帝国」。租界の猥雑な描写がどこか似ていて興味深い。2023/06/12
ネコ虎
10
横光利一は初めて。どう読んで、どう味わうかよく分からない小説。戦前の魔都上海租界。前半は蠢く各国人たちと男と女の怪しげな振る舞い。どこか昔の大映映画を見ているような。市川雷蔵「陸軍中野学校」の雰囲気か。後半は5.30事件(1925)という暴動の描写。これも初めて知る。英米日の植民支配と露革命の影響が上海を覆う歴史的背景を知らないと動きが掴めないが、共産党の扇動とはいえ、暴動が徐々に拡大していく描写にリアリティが感じられた。難しい日本の立ち位置。主人公参木と女闘士芳秋蘭が簡単に恋仲になるのはちょと解せない。2016/03/08