内容説明
医師で詩人・作家の木下杢太郎(一八八五‐一九四五)がその最晩年、灯火管制下に夜ごと続けた、自己との出会いとしての仕事。草木や花の生命を描く折枝画には、酷しい時局や自らの病状を記した寸鉄の字句も添えられる。百枚を厳選して贈る記念版アンソロジー。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
井月 奎(いづき けい)
48
医師であり散文家、評論家としても活躍した著者が死期迫る中で描き続けた草木たちは、さりげない文の日記と寄り添い息吹まで感じる一つの詩となっている。多方面に才能を持っていたようで、しかもそれを自覚して活かそうとした人生はさぞかししんどかったと思う。病魔に苦しめられつつも草木の命を描くことをやめなかったのはなぜだろうと読みつつ何度も考えた。著者は自らの才の広さ豊かさにこう言ったそうだ。「余りに煩わしい。いらいらする」と。才能の豊かさが自らに休むことを許さなかったのだろう。それでも草木の絵は静かで清々しい。2022/04/23
SIGERU
31
杢太郎最晩年の、昭和18年から20年にかけて、孜々営々と描き継がれた植物図譜。ここには、詩人にして医師であった彼の、自然をみつめる透徹したまなざしが光っている。灯火管制下、空襲が逼り、病苦さえもが忍び寄る。暗い現実にあって、夜を日に継いで画布にとどめられた植物たちは、生命の灯のように美しい。若き日には、北原白秋ら盟友たちと倶に、愉しき芸術や美食を追った、エピキュリアン杢太郎。だが本書には、老境の祈りにも似た想いが罩められている。末期の眼に映じた花や葉の、すみずみまでがあざやかな、いのちに溢れる稀有の一書。2022/04/11
クラムボン
19
最近読んだ『木下杢太郎 荒庭の観察者』で紹介されて興味を持った一冊です。昭和18~20年までに描いた872点の植物画から厳選した百選。杢太郎は終戦の10月に亡くなるのでこれが絶筆。当時は東大医学部の教授で多忙を極めており、家人が寝静まる夜中が彼が絵筆を持つ時間。202x167㎜の枠付き洋罫紙に、ほぼ原寸大の《折り取った…折枝花》を描き、植物名・採集日・場所を記した図鑑であり、身辺雑記も添える。文庫版なので絵は1/2に縮小されだが、それをあまり感じさせない。科学者であるが数寄者の心は御し難かったのだと思う。2022/06/22
ぱせり
15
絵も文章も見たまま、ありのままで、感情をあらわしたり、装飾をほどこしたりしていません。毅然として、潔く、すっきり清々しい。最後の絵は、お見舞いにもらったユリの花。活けられているふうではなくて、寝かせておいた花を描いている。寝かせられた花の花弁は少し歪んでいる。病気療養の苦しさを耐えているにちがいない作者の姿を重ねていた。 2012/04/03
やま
10
表紙の絵があまりに美しく、本屋で手に取った1冊。読み進めていくとこれが第二次世界大戦中に描かれたもので、時々日にちが飛んでいるのはほかにもこの7倍もの絵を描いていたためらしい。百合から雑草のたぐいであるスズメノエンドウなどまで、とにかく線が美しい。◇その文章を読むと、これらの絵は深夜に描いていたことがわかる。解説には、「深夜が一人になれる時間」とあり、木下杢太郎は仕事面でも(医師としても、教授としても)、文筆家としても著名だったためこの時間しか取れなかったそうだ。◇戦時中で雑草をいろいろ試して食べている→2021/01/01