出版社内容情報
職につかず超俗の日々を送る甲野と、気の強い異母妹藤尾。外交官をめざす豪放磊落な宗近と、兄想いの妹糸子。過去を捨て立身出世を夢見る小野と、内気ないいなづけの少女小夜子――東京と京都を舞台に、男女六人の若者たちが織りなすひと春の絢爛たる愛の群像劇。職業作家の道を歩みはじめた漱石が描く、渾身の本格的恋愛長編小説。
内容説明
六人の男女の想いが交錯するひと春の絢爛たる愛の群像劇。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ぐうぐう
27
教職を辞し、職業作家の道を歩み始めた漱石の、その第一作目としての『虞美人草』。それまでの奔放さ、軽やかさは身を潜め、いかにも文学調の表現が目立つ。漱石の、作家としてやっていくという覚悟のほどが伺える。ただ、会話になると、そこは軽妙さが健在で、単純に楽しい。「愛嬌と云ふのはね、——自分よりも強いものを斃す柔らかい武器だよ」「夫ぢや無愛想は自分よりも弱いものを、扱き使ふ鋭利なる武器だらう」「そんな論理があるものか。動かうとすればこそ愛嬌も必要になる。動けば反吐を吐くと知つた人間に愛嬌が入るものか」(つづく)2017/04/14
鯉二郎
0
「虞美人草」は文庫で読んで以来、定本全集刊行に合わせて再読した。話の筋は結婚と遺産相続を巡るお家騒動。人物や風景の描写が過剰とか、藤尾の死が唐突という評があるが、再読の価値はある。ゆっくり読むと絢爛たる文体から浮かび上がる登場人物の個性が面白い。特に藤尾の悪態には驚く。「紫が嫉妬で濃く染まる」はすごい表現! 他にも宗近が小野に真面目になれと諭す場面や、甲野が日記に記した「悲劇は喜劇より偉大である」といった哲学の言葉も印象深い。小説の構成の問題は評論家に任せ、読者は漱石の豊饒な言葉に酔えばいいのではないか。2017/11/06