内容説明
アンリ・ベルクソン(一八五九‐一九四一年)は、一九三七年二月八日に記した遺言状で「公衆に読んでもらいたいものすべてを刊行した」と断言し、生前刊行した七冊の著書以外の死後出版を厳に禁じた。この言葉を正面から受けとめるため、処女作『意識の直接与件に関する試論』(一八八九年)から『道徳と宗教の二源泉』(一九三二年)に至る哲学者の歩みが丹念に追跡され、その軌跡から遺言状に込められた意味が浮かび上がる―長らく待望された、著者初の本格的モノグラフ。
目次
第1章 遺言状
第2章 ほんとうの障碍物に出会う
第3章 砂糖が溶ける時間
第4章 直観が「正確」であること
第5章 「記憶」についての考え方
第6章 「器官」についての考え方
第7章 持続が目指すところ
第8章 哲学の目的
著者等紹介
前田英樹[マエダヒデキ]
1951年大阪府生まれ。1980年中央大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。現在、立教大学現代心理学部教授。専門は言語論、フランス思想(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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あっきー
15
✴3 再読、哲学の対象は精神でありその方法は直観である、精神は宇宙に実在の時間を流れさせる生命的傾向である、その精神は持続と言い換えてもよい、持続とは新しい性質が不断に生み出されることであり、宇宙は宇宙自身に充満する持続としてだけ時間を持つ、持続は生命的傾向の本質でありこれを措いてほかには生命はない、持続は持続そのものによってしか捉えられない、持続自身を捉える持続の働き内的努力のことを直観と呼ぶ2020/01/29
Bartleby
14
ベルクソンの遺言状に従い彼の主著に的を絞ってベルクソン哲学の本質が探られている。多様な問題を論じながらも、ベルクソン自身は一貫して直観の精度を上げることを意図していただけだということが理解できた気がする。静止的なイメージで考えられがちな「心理状態」や「器官」といった概念を本来の動的なものへ次々とベルクソンは捉え直していく。特に潜在的な記憶が行動に合わせて無数の収縮を起こすという彼の記憶論は、それを読むだけで今までの常識的な記憶観が崩れて、自分の中の記憶像がいきいきとしたものに変わるのを感じることができた。2014/04/06
蛸
13
時間を空間化して量的に捉える「物質科学」と、時間を絶えず持続するものとして捉え、その「持続」において思考すること(直観的思考)の対立。前者はあくまでも、人間が生活する(行動し、計算し、物質に働きかける)ための考え方で、その意味でカントの言ったように先験的なものではないらしい。 ベルクソンによれば、哲学は、知性が設定する「空間」と「時間」を拒絶するところから始まる。 特異な時間論をベースに、著作ごとに徹底的な思考を行なったベルクソンの思想がわかりやすく解説されている快著。2021/11/16
あっきー
13
✴3 学生の頃からずっと気になっていたベルグソンに手をつける、まずはこの入門書からと思ったがなかなかに難しく理解度は半ばだ、どシロウトが一言で言うならショーペンハウアーと西田幾多郎の間を繋ぐ唯心論だ2019/12/31
ポカホンタス
4
『剣の法』が面白かったので、勢いで読んでみた。ベルクソンのことはあまりよく知らなかったのだけど、この本を読んで、ぐっとベルクソンが近くなった。ベルクソンを長年愛読してきた著者だけあって、文章に情熱がこもっていた。学者さんの手によるものとは一味も二味も違う。ベルクソンの哲学は普通に要約してしまうとすごく陳腐な感じなる。だけどそうじゃない!ことがよくわかった。ベルクソンの凄さをひしひしと感じた。記憶論に大いに納得した。この本を導きとしてベルクソンの著作を読んでみよう。2016/06/30