墓標なき草原〈下〉―内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録

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  • サイズ B6判/ページ数 298p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784000247726
  • NDC分類 222.6
  • Cコード C0022

内容説明

対日協力者が粛清されるや、革命聖地の延安出身のモンゴル人共産主義者までもが、「民族分裂主義者」として弾圧の標的となり、災厄はさらにその家族や係累へと及んだ。内モンゴルに大量の漢族移民が送り込まれ、粛清はより組織的かつ残忍なものとなり、草原は荒れた沙漠と化していく。やがて内モンゴルの文革は、一人のモンゴル人が「内通者」の罪人に仕立てられ結末を迎える。巨悪は闇に葬られ、恐怖の現実は忘却され、語ることすら許されない歴史。

目次

第3部 根元から紅い延安派(モンゴル人を殺して、モンゴル族の人心を得る―延安派に嫁いだオルドス・モンゴル人女性奇琳花;「モンゴル人虐殺は正しかった」―所詮は「地方民族主義者」にすぎぬ「延安派」オーノス;「モンゴル人がいくら死んでも、埋める場所はある」―大沙漠に散った延安派幹部アムルリングイ)
第4部 トゥク悲史―小さな人民公社での大量虐殺(「文明人」が作った巨大な処刑場―トゥク人民公社の元書記ハスビリクトの経験;「中国ではモンゴル人の命ほど軽いものはない」―家族全員を失ったチムスレン;「モンゴル人が死ねば、食糧の節約になる」―革命委員会主任エルデニの回想)
スケープゴートもモンゴル人でなければならない―息子が語る「抗日作家」の父ウラーンバガナ
視座 ジェノサイドとしての中国文化大革命
おわりに―オリンピック・イヤーの「中国文化大革命」

著者紹介

楊海英[ヨウカイエイ]
モンゴル名オーノス・チョクトを翻訳した日本名は大野旭。1964年、内モンゴル自治区オルドス生まれ。北京第二外国語学院大学日本語学科卒業。89年3月来日。国立民族学博物館・総合研究大学院大学博士課程修了。博士(文学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

出版社内容情報

文革時期にモンゴル族の5人に1人が「民族分裂主義者」とみなされ、公式発表でも3万人近くが殺害された内モンゴルで何があったのか。体験者への綿密な聞き取り、同時代資料、国内外の研究を渉猟し隠蔽されたままの過去を明らかにする。