文学を“凝視する”

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  • サイズ B6判/ページ数 290,/高さ 20cm
  • 商品コード 9784000246743
  • NDC分類 910.26
  • Cコード C0095

出版社内容情報

「じっと眺めていると,何だか違った様な気がする」(夏目漱石『門』).街で,家で,文学を読むときもまた,〈見る〉ことをやめられない我々は,〈凝視する〉行為のなかで何を見いだすのか? 茨木のり子の詩,古井由吉と『炎のランナー』,村上春樹と選挙──そこに潜む問題とは? 新しい知の可能性に迫る,斬新な文学論!

内容説明

“読む”とは、“見る”こと?目の機能から切り込む斬新な文学論。

目次

繰り返す―茨木のり子「わたしが一番きれいだったとき」
目を凝らす―ハンス・ホルバイン『大使たち』とハワード・ホジキンのストローク
スローモーションにする―『炎のランナー』と古井由吉
注意散漫となる―太宰治「トカトントン」と「富嶽百景」
「一」になる―村上春樹と「英語青年」と選挙
声を見る―I.A.リチャーズとエンプソンと批評の時代
沈黙を聞く―ワーズワスと萩原朔太郎
批評する―小林秀雄と柄谷行人
絵を動かす―マーク・ロスコの文法
勢いをころす―太宰治「如是我聞」と志賀直哉のリズム
見ようとせずに見る―志賀とバルトとモランディの秘術
錯覚する―夏目漱石『文鳥』『夢十夜』とフラクタル
甘える―通俗小説と純文学と大江健三郎『水死』
誘導する―松本清張『点と線』とカーヴァー「大聖堂」とあみだくじ
文学が分からない―デューラー『メランコリア』と西脇順三郎

著者等紹介

阿部公彦[アベマサヒコ]
1966年生まれ。東京大学文学部准教授。英米詩専攻。東京大学大学院修士課程修了、ケンブリッジ大学大学院博士号取得(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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にわりん

3
<凝視>とは近代の社会制度が生み出した、「見えないものを見る」ためより見ようとする行為のことである。人間はものを見ることが好きだ。そしてものをより見るためにときどき<凝視>をする。しかしその結果、より正しく、見ることができるのだろうか。そもそも見れば見るほど、分からなくなってしまうものではないのだろうか。文学という制度が近代で特権化されることができたのはあくまで「読む」という行為につきまとう「見る」ということがあったから、<凝視>というイデオロギーがあったからに他ならないのだ。2014/03/16

タオルケット

0
杳子、数の不均衡、志賀直哉と太宰治、、、「読む」という行為を中心に、それらが連なって行く様は見事で、おわりに では胸が熱くなった。序盤で諦めずに読み進めてよかった。読み終わった後、「読む」ことに対しての功徳が少し備わったような気にさせてくれた。2014/10/17

ゆうむ

0
筆者は志賀直哉の文章を読み進めてもスピードがあがらないのは何故か考え、マーク・ロスコの絵や柄谷行人の批評に詩を見出す。その丁寧かつ大胆な分析にハッとすることの連続で、もうとにかく面白い。2017/11/04

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