ここにいること―地下鉄サリン事件の遺族として

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ここにいること―地下鉄サリン事件の遺族として

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  • サイズ B6判/ページ数 220p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784000228831
  • NDC分類 916
  • Cコード C0036

出版社内容情報

1995年3月の地下鉄サリン事件を境に〈被害者遺族〉として、10年以上にわたる裁判の傍聴、押し寄せるメディアとの対応が始まる。その中で自らの生き方を模索し、新たに見出していった軌跡を、こまやかなタッチで描く。いま「ここにいること」の大切さが伝わってくる一冊。

内容説明

一九九五年三月二十日の地下鉄サリン事件を境に、“被害者遺族”としての日々が始まる。席を確保することから始まった十年以上にわたる裁判の傍聴、押し寄せるメディアとの対応。さらに、被害者遺族の癒しの場をつくっていくこと―。そのなかで、みずからの生き方を模索し、新たに見出していった軌跡を、そして、遺された家族の再生を、こまやかなタッチで描く。「いまここにいること」の大切さが伝わってくる一冊。

目次

第1章 あの日事件
第2章 流されるままに
第3章 代表世話人になる
第4章 私だけが不幸なのではない
第5章 国の壁に挑む
第6章 戸惑い
第7章 声をあげる
第8章 アメリカに教わったこと
第9章 報道を変える
第10章 心残り
第11章 私を支えるもの

著者等紹介

高橋シズヱ[タカハシシズエ]
1947年生まれ。95年3月に起きた地下鉄サリン事件で、営団地下鉄霞ヶ関駅助役だった夫を亡くす。「地下鉄サリン事件被害者の会」代表世話人。各地の被害者・遺族との交流を重ねる。また2000年より報道関係者といっしょに「犯罪被害者の話を聴く勉強会」を始め、その内容を『“犯罪被害者”が報道を変える』(高橋シズヱ、河原理子編、岩波書店)にまとめた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

mittsko

6
夫を殺され「地下鉄サリン事件被害者の会」代表世話人となった筆者の回想録。「オウム真理教犯罪被害者等を救済するための給付金の支給に関する法律」が国会審議入りするタイミングで、事件以来13年間の出来事をふりかえる(同法は出版3か月後に可決成立)。文面から伝わってくるのは、哀しみと痛みはもちろん、その激情を包みこんでいるかのような知性の豊かさだ。淡々とした文章の向こうに、傷ついた優しい心が幻視される。心して読むべし! ⇒ 「なお、この本の印税は「地下鉄サリン事件被害者の会」の活動のために寄付されます」2017/11/28

茉莉花茶

3
オウム関連本を探して、軽く立ち読んでいてぐいぐい読み進めることが出来たので貸出読了。毎年ニュースで見かける高橋さん、ご苦労がどれだけ大変かはその会見のたびに伝わって来ていた。旦那さんが一乗客だからではなく、営団地下鉄職員だから使命感をもって出来るのだろうか、そうだとしてもとても真似できないとお見かけするたび敬意を感じていた。読んで思ったのはやはりその大変さ。もっと大変だって愚痴ってもいいぐらい大変だと思った。オウム事件の知るべき情報の一つとして読めてよかった本。犯罪被害者を巡る状況もこの尽力で前進したのだ2018/08/22

ゆかり

2
この本では地下鉄サリン事件の被害者と遺族が国やメディアに対して、自分たちの扱いを訴え、変えていく軌跡が書かれている。注目すべき点は、遺族の会がまとまることの難しさ。遺族には、もう事件のことを思い出したくないし、メディアにも話したくないという人もいる。被害者と遺族も考え方の違いから衝突をしてしまう。しかし、著者の高橋シズエさんはそうした違いを認識しつつも、自分の行動を信じて、活動を続けている。2023/07/24

JunTHR

2
素朴な言葉とストレートな表現で、“被害後”の苦労が記録されていて、“自分がこの立場だったら”とは考えずにはいられない。著者シスヱさんが自信を持ったり、自己嫌悪に陥りながら、犯罪被害者遺族のために奔走する。勇ましい。特にオウムの事件では、犯人の側ばかりに興味を持っていた自分を反省。いかんいかん。2012/04/22

takao

1
ふむ2024/09/21

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