内容説明
現代の精神がたたずむ場所、異様にして不可解な、その名づけえぬトポスを、精密に記述する、精神による実験と文体の創造。ムージル作品の秘密が、古井文学の方法的な核心を語る。世紀末ウィーンの作家ムージルと20世紀精神の命運。
目次
1 可能性感覚(「結びつき」における新しい体験;出来事と非現実化―ムージルの『トンカ』について)
2 観念のエロス(精神による実験;エッセイズム―『特性のない男』)
3 不可能なことの現実化(「かのように」の試み;循環の緊張)
著者等紹介
古井由吉[フルイヨシキチ]
1937年生まれ。東京大学大学院独文学専攻修士課程修了後、金沢大学で講師を、立教大学で助教授を勤める。70年、『杳子』で芥川賞受賞。以降、作家活動に専心する。80年、『栖』により日本文学大賞を、83年、『槿』で谷崎潤一郎賞を、87年、「中山坂」で川端康成文学賞を、90年、『仮往生伝試文』によって読売文学賞を、97年、『白髪の唄』で毎日芸術賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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syaori
50
古井由吉のムージル論。急速に変化する現代社会において人は「絶えず拡大する現実を全体的に把握することはできない」。また拡大する現実は経験や価値観を細分化し、それに拠って立っていた精神はそんな「現実に内在する虚なるものに苦しみ、全体の崩壊を思う」。「ここにムージルの意義がある」と作者は言う。彼はその虚を指摘し、それを超える「未知の体験」を予見するのだと。同じ「現代作家」たる作者が開陳するムージルは、誠実に絶望的に現代の虚無とそれを通じた「新たな体験」求める試みを繰返していて、彼をもっと追ってみたくなりました。2020/06/02
じめる
1
ムージルの作品は現実感覚ではなく可能性感覚を重んじる。この可能性感覚というものは現実に対する異なった感覚とも見えるだろう。現代文学を書くものとして、という古井の言葉で始まる講演録は、ムージル的なこの観念の世界を行き、現実感覚においては撞着を起こしてしまっているようにしか見えない文学をある種文学的にアクチュアルなものとして捉えているように思う。古井の視線は読み手のものというより明らかに書き手としての感覚に満ちていて、それは本人も自覚している。誠実な言葉に溢れていた。2014/03/30