出版社内容情報
20世紀後半の思想的潮流に多大な影響を及ぼしつづけるJ.ラカン.「セミネール」第3巻として知られる本書は,人間存在を根源的に問い直し,シニフィアンの病としての分裂病を論じる.切り拓かれた画期的な思想的地平.
内容説明
20世紀後半の思想的潮流に多大な足跡を残し、現在ますますその革新性が認識されつつあるJ・ラカン。本書は、「セミネール」として知られるラカンの講義録の第3巻にあたるが、フロイトの新しい読みと現行の精神分析批判、自らの基礎概念の説明、そしてシニフィアンの病としての分裂病を論じ、ラカン思想の中核を伝える。従来の精神病理学の袋小路を打破し乗り超えようとする精神科医はもとより、広く心の科学を探究する人々にとっての待望の書と言えよう。
目次
精神病の問いへの序論(精神病の問いへの序論;妄想の意味;大文字の他者と精神病;「私、豚肉屋から来たの」)
精神病現象の主題と構造(騙さない神、騙す神;精神病現象とそのメカニズム;想像的崩壊;象徴界のフレーズ;無意味、そして神の構造;現実界におけるシニフィアンと叫びの奇跡;原初的シニフィアンの拒絶)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
Z
9
うに無意識は無意識の表現方法がありシニフィアンは無意識の表現方法をシニフィアンとしている。見た夢が何を表現しているかという疑問を考えると、夢の映像シニフィアン、解釈内容をシニフィエとなり、そう考えればこの用法は許容範囲と思う。さてフロイトは無意識のレトリックに移動と圧縮を挙げていたが、ラカンはそれにカンユと隠喩を当てる。といってもこれも言語学での用法とは異なる。ソシュールは言語に連合関係と統合関係を区別していたが、ラカンは連合関係、統合関係を合わせカンユとする。花といえば咲 く、キレイ、薔薇、木など様々に2018/09/20
またの名
9
別の子を殴った上に「あいつが殴ってきた~」と訴えるとんでもなく不実な子どもに人間の基本的な心理構造を見るラカンの無調音楽のような視点でも、そんな子どもの心理機制と精神病を明確に区別。了解だの投影だのといった概念の不備を指摘してばっさばっさと切り捨て、フロイトが世に出たばかりの自分のアイデアとの類似をシュレーバー回想録に驚きをもって発見したようにシュレーバーの狂気のディスクールに既存のものとは違うVerwerfungの概念を構築する手がかりを読み込む講義は、手強く濃厚。今までの言説になかった思考を作る苦心。2014/10/15
Z
8
ラカンによる精神病の解剖。精神病は簡単にいうとエディプスコンプレックスの段階にいかず鏡像段階に止まっているまたは退行した状態。パラノイアは鏡像に同一化するために妄想を発展させスギゾイドはその鏡像も統一性を維持できず論理がめちゃくちゃになる。 本書はパラノイアを中心に扱っている。エディプス以前に退行するからにはエディプスコンプレックスを、そして加えてファルスや主体、シニフィアンについての解説がある。シニフィアンは言語学の概念だが、言語学の定義に忠実ではない。『夢判断』や『日常生活』においてフロイトが示したよ2018/09/20
PukaPuka
3
小出浩之「シニフィアンの病い」で本書の解説を読んだので、こちらへ。長年のマイ本棚インテリア部門筆頭格の本をやっと読み通した。上巻ではまだ輪郭のぼやけた理解しかできず、下巻の展開に期待する。2019/03/13
kentaro mori
2
⚫︎興味を持つべきことは、何故彼女は他者がそのことを了解してくれることを望むのか、そしてまた、何故それを彼女は他者にはっきりと言わずに、暗示で語ったのかということです。私がもし了解してしまったら、私はこの点を通り過ぎてしまい、そこに留まることはできません。何故なら、私はもう解ってしまったからです。これこそが、まさに患者の術策にかかるということです。つまり、それは患者の抵抗に協力するということです。患者の抵抗は、いつも皆さん自身の抵抗なのです。そして抵抗が成功するのは、皆さんが了解しているからこそ、そこへ2025/03/14




