感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
buchipanda3
99
題名はスペイン語で「南」という意味らしい。そこに込められたものは物語の終盤になって明らかになる。語り役アドリアナの父親は南部の出身。しかし彼はある時からその地へ向かわなくなる。自分の世界に閉じこもる父親に彼女は戸惑う。彼はなぜ苦しむように生きたのか。彼女は父親を回想する。周りから否定される立場の彼に共鳴するように「あなた」と語り掛ける彼女の言葉が途切れずに巡り続けるのが印象深い。それは苦しみを分かち合う孤独な弱者同士の徒党を感じさせた。それは幻想のようで現実。そして父親の思いと沈黙を携え彼女は先へ向かう。2024/06/10
みつ
23
1983年の映画『エル・スール』は、自分の中では観た映画中の最高傑作。本の表紙には、少女エストレーリャが水源のありかを占う父と共に荒野に立っている場面が選ばれている。本作は映画の原作とされているようだが、実際は冒頭に示される父の死、水源探しの場面、そして南(エル・スール)に行く決意を固めたことが共通のエピソードにあるくらいで、父と娘の関係性が変化する挿話はなく、代わってセヴィーリャでの体験が描かれる。父に対して「あなた」と呼びかける、どこか曖昧な小説の世界から陰翳に富んだ映画が生まれたのはひとつの奇跡。 2024/08/08
qoop
4
娘から父への愛情、苦悩、決別を、謎めいた父親像の揺らぎによって描き出した佳品。陽光に照らされた景色を見せず、アンダルシアの濃い陰影を人間関係のうちに見出させる筆の冴え。超常描写の分量が程良く、日常描写の中に適度な幻想味を持って溶け込ませているのも魅力的。2024/07/30
たこい☆きよし
2
言わずと知れたビクトル・エリセ監督作品『エル・スール』の元となった短編小説。以前も出ていたが未読。エリセ最新作公開のタイミングで新装版となったので、読んでみた。映画にも使われている幼少期の親娘の神秘的な関係は小説にもあるものの、全体としてはマジック・リアリズムの雰囲気のある作品だった。2024/04/21
ポレポレ
0
「あの人は何だったのだろう?」--他者に心を閉ざし、過去も秘密も明かさぬまま逝った父親への親近感・疑問・恐怖・失望。少女アドリアナの回想は幻想的であり現実的でもある。父と娘はそれぞれ何を見、聞き、思ったのか? 不思議で何とも言えない、だが快い読み心地。一部展開が異なるというビクトル・エリセ監督の映画版もチェックしたい。 ★★★★★2025/03/07