文春文庫<br> 彦九郎山河

文春文庫
彦九郎山河

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  • サイズ 文庫判/ページ数 425p/高さ 15cm
  • 商品コード 9784167169336
  • NDC分類 913.6
  • Cコード C0193

出版社内容情報

京都三條大橋の銅像で知られる高山彦九郎は、単なる狂信的尊皇論者ではなかった。先見の明ゆえに時代に翻弄される孤高の人の実像

内容説明

林子平、蒲生君平と並んで寛政の三奇士と称せられた高山彦九郎。狂信的なまでの彼の尊王攘夷論は後の明治維新の礎ともなった。文治政治実現のため、故郷を捨て妻子と離別し、江戸から奥州、京都、九州へと行脚し、各地の同志と交歓した日々。その旅行家としての側面に光をあて、弧高の人の心情に迫る歴史長篇。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

大阪魂

50
京阪三条で御所に向かって拝礼(土下座?)してはるのが高山彦九郎像って記憶あったけどその方が主人公!米沢藩で善政ひいた上杉鷹山のブレーンやった細井平洲の弟子で、尊王思想とかを京の貴族とか各藩のえらいさんに広げ、高い学識と純粋な性格で寛政の三奇(優秀)人て評価され、天明飢饉後の地獄やった東北でも九州でも歓待されてはった!でも朝廷の地位向上目指す「尊号事件」で薩摩を味方にすべく動いたのを幕府に目つけられ親切にしてくれた人が自殺したのきいて自分も自殺…「朽ち果てて身は土となり墓なくも心は国を守らんものを」…合掌…2024/05/21

i-miya

50
2014.01.20(01/07)(つづき)吉村昭著。 01/20 (p126) 飯田=外科手術に巧、御番医となる。 藩主の江戸に赴くに随行した。 津軽藩産婦医樋口道泉の門に入る。  医学を研瓚。 飯田、その妻、その長男(11歳、有益)、長女、他一。 並んで座る。  「神保容助、片山紀兵衛」 2014/01/20

i-miya

41
2013.12.07(12/07)(つづき)吉村昭著。 12/05 (p120) 旅-生きた学問、読書のもでない。 福島→米沢へ。 幸七と申します、山道の一人歩きはこころもとない。 生薬を商っています。 ここは鬼ころばしという難所で。 李平(すももだいら)の宿場です。 あと二里で板谷宿に泊まります。 座頭ころばしの難所です。 大沢宿。 米沢の城下。 2013/12/07

mondo

40
吉村昭が初めて歴史小説を書いた「冬の鷹」で前野良澤の資料をあさっている時、高山彦九郎が度々登場していることが本書を書くきっかけという。各地に残された資料や日記を題材にした長編歴史小説で、見応えは、ストーリーの後半に描かれたサスペンス調の逃亡劇で、いつもの手に汗握る展開が待ち受けている。個人的には前半部分に出てくる東北地方を襲う天明の大飢饉の描写。食べるものが無く、墓を掘り起こして人肉を食べるまで困窮する様がこれでもかというほど描かれている。彦九郎の戒名は松蔭以白居士。その意志は吉田松陰に引き継がれる。 2023/07/10

i-miya

40
2013.10.19(つづき)吉村昭著。 2013.10.18 (p118) (米沢へ立ち寄りたい理由、つづき) 米沢潘、前藩主は彦九郎の師匠、細井平洲を師として米沢へ迎え、その助言を得て天下の範となった藩政改革をなしとげた。 また、平洲は、藩校興譲館の設営も指導し、米沢藩は、平洲の学色一色に染まっている。 7/2朝、翠軒と別れ、水戸を離れる。 那珂川-船、与助の顔。 20歳にもならぬのに、その卓越した考え方に驚いた。 長女せい、13歳、与助に嫁がせたい。 2013/10/19

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