岩波テキストブックス<br> 言語表現法講義

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岩波テキストブックス
言語表現法講義

  • 著者名:加藤典洋
  • 価格 ¥2,970(本体¥2,700)
  • 岩波書店(2023/11発売)
  • ポイント 27pt (実際に付与されるポイントはご注文内容確認画面でご確認下さい)
  • ISBN:9784000260039

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内容説明

言葉を書くということは,どんな経験だろう.それは技法の問題ではない.よりよく考えるための,自分と向かい合うための経験の場だ.このことは,同時に批評の方法へとつながっていく.経験としての書くということの意味を,考えるということの1つの方法として位置付ける,これまでの文章教室とは異なったユニークな講義.※この電子書籍は「固定レイアウト型」で作成されており,タブレットなど大きなディスプレイを備えた端末で読むことに適しています.また,文字だけを拡大すること,文字列のハイライト,検索,辞書の参照,引用などの機能は使用できません.

目次

まえがき
目次
第一回 頭と手──この授業について
経験の場としての書くこと
「言語表現法」とは──頭と手が五分五分だということ
『文章読本』のイデオロギーから土方仕事へ──文章教室とは違う
何を書くか、いかに 書くか、なぜ書くか──文の一生
書くことと考えること
美の問題──「うまく言える」に限りなく近づくこと
教材について(一)──『高校生のための文章読本』『高校生のための批評入門』
教材について(二)──『文章心得帖』『増補 学術論文の技法』
なぜ規則を守らなくてはならないか
用法と実例──「……」の問題
文章を書く心得
第二回 課題とタイトル
課題とは何だろうか
タイトルとは何だろうか
即問即答式の物足りなさ
ギフトと運動感
理由と欲望
まず水に飛び込め
私について、ということ
第三回 他者と大河──推敲・書き出し・終わり
不完全であること──推敲は何を殺すのか
宮城まり子「私は教育経験三十年」
美しい花と花の美しさ
理想の書き出し
なぜ踏み切り板は動かないか
書き終わりの可能性
終わりと美辞麗句
小川と大河
小川で大河を渡る
第四回 文と文の間──文間文法・スキマ・動き
スキマとは何か
文間文法
井上ひさしの文間文法論
文間問題の可能性
文間と言葉の不自由
浅い文間、深い文間
文間と歩行の速度
第五回 糸屑と再結晶──ヨソから来るもの
鶴見俊輔の三条件
多田道太郎の三つの─duction
「感動を書く」と「感動のなかで書く」
糸屑と再結晶
気分のなかで気分を書く
セザンヌのモチーフ
書くことの事故現場
四つのヨソから来るものの契機
第六回 言葉はどこで考えることと出会うか
順序の転倒を戻すこと
「いい子ぶりっ子」の気分──石原吉郎「三つの集約」感想
沖縄の校外実習報告書
ひめゆりの塔の感想文と反論
本土の沖縄観、沖縄の本土観
スタートの正しさ、ゴールの正しさ
上からのロープと下からのロープ
〇・七にとどまる
第七回 いまどきの文章
「ん~、まいったか~」──いま、言葉と書き手が一対一であること
モノからコトへ
半分の独り言──言葉と書き手の一対一対応がなくなること
吉本ばなな『キッチン』の冒頭の波紋
通勤電車のなかで叱る人
自分との距離感
フェミニンな文
伝わらないことに立つコミュニケーション
射撃とカーリング
マッチョな文からフェミニンな文へ
真理の言葉からの自由
第八回 遅れの問題
抵抗の力
水のたまる凹みの成分
自分の持ち札としての場面
自分を泳がせる
ワープの不思議
砂糖が溶けるまでには誰もが待たなければならない
遅れという問題
転んだ後の杖
自分との逆接の関係
苦しみと甘さ
わからなさにいたる
疑疑亦信也
第九回 フィクションの自由
朝日新聞の家庭欄の連載記事から
聞き書の可能性
自分からの自由
ボヴァリー夫人は私だ
『トパーズ』の語り
不自然な回路
自分を肯定する「お話」
窓口はなぜ必要か
不透明なもの
マキューシオのだじゃれ
フィクションは人を救う
最後に──方法の話
マクシム──デカルトの『方法の話』
一番遠い道で森から出ること
同和と異化
言葉の戦略的使用はなぜダメか
あわいと落差
基本文献案内
あとがき──「言語表現法講義」山頂編の弁

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

zirou1984

48
こいつは隠れた名著。硬そうなタイトルとは裏腹に内容は大学での講義を書籍化したもので、語り口調で書かれたそれは堅苦しい文章読本は用いず学生の文章から何が良いかを考えていく。他者と大河、ことばはどこで考えることと出会うか、そんな印象的な表題から導かれる内容はどれも言葉への信頼に満ちていて、知性と感性は相反するものではなく相乗するものだと気付かせてくれる。何かを学ぶことがそのまま感動に結び付く、そんな純粋な喜びに触れられる機会なんてそうそうあるもんじゃない。読んでいて姿勢を正したくなる、心からそう思える一冊。2015/11/11

ころこ

43
文章を書くとは、他人と同じ文字と規則を使うという制約の中で、他人が触れたことの無い何かに触れるという経験です。書きたいものがあって、それを文字に写し取っているというわけではなく、書いているうちに書きたいことが自ずと表現されていく。著者が「頭と手がフィフティーフィフティーだ」というのは、「そうか、オレはこんなことが書きたかったのか」と書いているときに気付く経験だからです。他方で、元々何かを直観的に気が付いていて、何とか文章に表現してみる。ところが、書いてみた文章の良し悪しは別にして(ともすると、その書かれた2019/05/31

長谷川透

21
修辞技法などの小手先の技術は二の次、文章との向き合い方、生命ある文章とはどんな文章なのかを説いた良書である。なるほど、と思い学びながら読んだ箇所が半分。うん、うん、自分もそういう姿勢で書いている、と自信をつけて貰いながら読んだのが残り半分である。自分が美しいと思う文章、綺麗だと思う文章を書くことを心掛けること、文章の中で新たな自分を発見すること、これらは継続すればいい。文間を意識すること、文章の密度や呼吸に気を配ること。文章は生き物なのだ、という姿勢で付き合うようにすれば自然に身についてくれるように思う。2013/10/02

まこみや

15
たとえば定言的論理的な加藤周一氏の文章、たとえば彫琢された達意自在な丸谷才一氏の文章、そのような文章を名文だと信じていた私にとって全く新しい文章観に目を開かせてくれた。モノではなくコトに立ち戻った言葉による文章。「考えるために書く」ことの意味と姿勢を「経験」として語ってくれる。自分の「実感」から出発して、自分との関係を「逆接」に置き、自分を離れて、「わからなさ」のところから書き始める。いちいち、うーん、と唸らされることばかりだった。2020/10/17

...

9
文を書くことの意味、頭と手で物を考える。その際、文章の書き出しに注意すると良い、そこから緊張感が生まれるから。抵抗を大事にする。書きたくない、書きにくいと感じたところにキーがある。そのほかキーは色々あって、自分を空っぽにしたり、自分のメモを頼りに他者の声を入れることでうまくいくこともあるのだとか。まとめてしまうと味気ないが、筆者の比喩表現や思考のプロットが素敵で、まあところどころ、そんなものなのかな、と思った部分もあったけど、少なくとも何か文を書いてみようかなと思った。2020/03/20

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