内容説明
漱石の『それから』に登場する白百合はテッポウユリかヤマユリか。植物オンチと言われた三島由紀夫の卓越した草木の描写を挙げてその汚名をそそぐ。鏡花、芥川、安部公房ら、広大な文学作品の森に息づく草花を植物学者が観察。新たな視点で近代文学を読み解く。
『漱石の白くない白百合』を改題
〈解説〉大岡玲
(目次より)
Ⅰ
漱石の白くない白百合/描かれた山百合の謎/『金色夜叉』の山百合/白百合再考
Ⅱ
『虞美人草』の花々/朝顔と漱石/毒草を活けた水を飲む事/泉鏡花描く紅茸/「ごんごんごま」とは?/ごんごんごまの本名/クロユリ登場/芥川の心象に生えた植物
Ⅲ
三島由紀夫と松の木の逸話/再説三島と松の木の逸話/洋蘭今昔/志賀直哉と藤の巻き方/スイートピーは悲しみをのせて/『デンドロカカリヤ』異聞
Ⅳ
関東大震災でカビた街/小説とチフスの役割/小石川植物園を読む/三四郎池の植物散歩
あとがき/文庫版あとがき/〈解説〉大岡玲
作品名索引
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
かふ
19
植物と文学のエッセイ。植物の描写が上手い作家を取り上げながらその描写が植物学者から見ても正確なことが伺われる。中には植物園の植物を描写したために自然界のそれとは違っていた例なども(安部公房『デンドロカカリヤ』)。特に漱石『それから』の白百合の分析は見事過ぎる。また『それから』が読みたくなった。小説は面倒なので映画を観ます(予告篇は確かにテッポウユリだったな)。https://note.com/aoyadokari/n/n54dc2549de712023/09/04
風に吹かれて
18
漱石の『それから』の代助と三千代の白い百合のある部屋での一場面は読むたびにこれほどエロスを感じさせる場面は他に読んだことがないと思う。そして、白い百合をわかった気でいたのだが、小説中の百合は季節や花の匂いから具体的にどの百合なのかを紐解いてくれる。そして、西洋由来の純潔を表す「白い百合」から脱却した三島由紀夫の『獣の戯れ』の百合の描写まで、文学好きの植物学者が文学における「白い百合」を解き明かす。とても面白い。 いわゆる「三島の松」つまり三島は松を知らなかった、と言われているが、 →2023/10/02
Ryoichi Ito
9
本書は著者が東大大学院学生の時に書いたエッセイに基づく『漱石の白くない白百合』(文藝春秋,1993)を中心に増補,再編集したもの。日本文学に登場したさまざまな植物がどのように描かれているかを植物学と文学の双方から探ったユニークな本だ。白いユリは純潔の象徴として西洋から渡来した。その結果,白くないヤマユリを漱石はじめ何人かの小説家が「白百合」として描いたことを精緻に検証している。著者は附属小石川植物園長も務めた東大の植物学教授。タイトルの「三島の松」では三島由紀夫が植物オンチだという汚名をそそぐ。2022/10/15
てくてく
4
近代文学に登場する植物に関する軽めのエッセイかと思って購読したところ、植物学者だけあってそれぞれの植物への追及がしっかりしていて読み進めるペース獲得まで少してこずったが、慣れてくるとそのこだわりが大変面白くなって読了した。三島の植物音痴エピソードは知っていたが、その汚名をそそぐ話、「ごんごんごま」の謎、そして、文学者がそこそこ植物を知った上で作品に登場させていることを認識できた点などが面白かった。2023/09/30
湯豆腐
1
近代文学を植物学の知識をもとに読み解くエッセイ集。批評と科学読み物をバランスよく両立させ、新しい読み方につながる視点を示してくれる。江藤淳以降、漱石の『それから』は赤と白の色の対立を軸に批評されるようになったが、その「白百合」が本当に白い百合なのかも批評家たちは誰も調べようとしてこなかったという指摘が鋭い。2022/10/26