内容説明
1994年にノーベル文学賞を受賞した大江健三郎は、その受賞後に数々の傑作・問題作を書きつづけた、世界的に稀有な小説家だが、とくに2000年の『取り替え子』から東日本大震災を経て2013年に完成した『晩年様式集』へと至る「晩年の仕事」(レイト・ワーク)は、透徹した知性で時代を見据えた予言的で豊饒な作品群である。この、さまざまな文学的技巧やたくらみに満ちた難解な作品群を、ときにセルバンテス、フローベール、プルースト、ジョイス、エリオット、ナボコフ、渡辺一夫、埴谷雄高、大岡昇平らの作品や言葉に触発され、ときに大江の盟友サイードとの友情と文学に導かれながら繙いていく。大江健三郎の真の偉大さを明かす、力作評論。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
踊る猫
22
実を言うとわからなかった。だが、わかったふりをしたいとも思わない。極めて真摯に書かれたしなやかな評論だと思う。柔軟にサイードやエリオットなどのテクストを引きつつ著者はこの語りにくい(だが、ひとたびツボに嵌ってしまうと極めて批判・罵倒しやすい)大江健三郎の世界に入り込む。わからなかったにも関わらず読み進められたのはこの書き手が読み直すことと書くことを楽しんでいるからだろう。そのヴァイブはポジティブにこちらに伝わってきて、私も(到底この読みに太刀打ちできないにしても)大江を再読したくさせられる。温もりを感じる2022/04/07
かふ
20
大江健三郎の「晩年の仕事」、『取り替え子』から最後の小説『晩年様式集』まで、大江健三郎がそれまでの文学をリリーディング(読み直すこと、バルトの概念。)することによって自身の作品をリライト(再話)していく方法をたどりながら大江文学を解読していく。最初にあるのが『ドン・キホーテ』のパロディの手法。そして詩を書きたかったという大江が英詩を読み解きながら、自身の物語に織り込んでいく手法など世界文学として開かれた読みを誘う。それはサイードの現代思想の対話から辺境にあるコロニアム性というものからの脱却していく私という2023/09/03
hasegawa noboru
19
<大江健三郎の晩年の仕事(レイト・ワーク)は、近未来の死(個人にとって決定的なカタストロフィー)と向きあって、すでに生きられてしまった芸術家の生をいかに語るか、という困難な課題に取り組むもの>と概括する。なかでも『晩年様式集(イン・レイト・スタイル)』は<三・一一のカタストロフィーとのぬきさしならぬ同時性が、息苦しいほどの緊張を孕んで造形され>作家の<内発的な動機に応えるもの>としての<形式の冒険がある>と読み解く。これほど<手を替え品を替え、他者の言葉を導入しようと試みる例を、わたしは他に知らない>と、2023/03/20
タイコウチ
11
「取り替え子」から「晩年様式集」に至る大江健三郎の〈晩年の仕事〉である長江古義人シリーズを読み解く評論。それぞれの作品で参照されている海外文学(ドン・キホーテからサイードまで)の読み直しを通じて、大江作品における重層的な世界観の成り立ちについて、映画における副音声のように作品に伴走する文章は、まるで軽やかに舞う蝶のようだ(作中の大江研究者ローズさんにもイメージが重なる)。自らの作家生命の終わりを意識しつつ、311直後の現実の混沌を背景に、「私小説」の形式から私=語り手=作家を消滅させる試みとしての最終作!2024/02/20
belier
2
緻密な読みに圧倒された。大江の「晩年の仕事」を再読する際にはこの本も再読しなければならないかな。2022/12/30