内容説明
現代哲学、思想、そして科学にも大きな影響を及ぼしている名著の新訳。フッサールの現象学はなによりも学問の基礎づけを目指すが、その際「いちばん根底に横たわる」問題が時間である。時間は一瞬で流れ去るのに、多くのものはなぜ持続的に「存在する」ということが可能なのか。フッサールは、「客観的時間」というものへの信憑を括弧に入れて、それが意識のなかでどのように構成されるのかを解明する。そして、時間を構成する意識それ自体が時間のなかに現れてくるという根本的な事態に光を当て、「意識の壮大な生体解剖」を行う。詳密な訳註と解説を付し、初心者の理解を助ける。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ジョンノレン
50
「100分で名著」フッサールの2回のみを見て音楽を例に挙げて時間意識を捉えようとしているというので、背伸びをして読み始めたが、脚立に乗っても理解しがたい難解を極める内容でじっと我慢の読書。初めて聴くメロディについて極限まで分解して今と過去と全体感の再構成の過程など極めて厳密に分別するため凡庸な頭ではなかなか。そして相応の繰り返しを経た、再想起のなかの予持とか志向性に展開。そもそもブレンターノやフッサールが音楽にどの程度の造詣や愛或いは執着があったのかも知りたいがその辺は明らかにはされない。 2025/10/07
絹恵
30
自身だけが自身を作るのなら、闇夜に囚われた人も、夜明けを行く人も、今ここにはいない人。しかし現在という概念が存在出来るのもまた過去と未来を知っているからだった。彼がマドレーヌを紅茶に浸しても昔仕込んだ祭りにはもう興味がないのは、いつだって時間区間の限界点で彼自身という答えを待っているから。(PSYCHO-PASS気まぐれな犯罪者たちより槙島"フッサールとメルロ=ポンティの中間地点")2017/10/31
しゅん
14
竹田青嗣『意味とエロス』がめちゃ面白かったので、ひょっとしたら現象学の大本にも入り込めるか?と思い立ったが甘かったですね。師匠格であるブレンターノの乗り越えとして「時間形式」と「時間内容」を分ける、ということはわかる。ロヴェッリ『時間は存在しない』の主張に最近囚われているのだけど、本書は客観的実体を否定する発想から(物理実験なしに)無時間性に行きついた先達なのだと思う。メロディを聴く状態を分析しているから、一つの音楽原理論としても読める。それにしても、世界が無時間なら、音楽はいつどこで発生するのだろう。2021/11/28
鏡裕之
6
訳者の言葉を引用すれば、「時間意識のなかには何が含まれているか、そして、そこからいかにして客観的な時間が構成されてくるか、を明らかに」した一冊。サルトルもデリダもレヴィナスも、本書に言及している。訳者曰く、「フッサールを批判し、新たな独自の現象学を展開するためにも、本書は、基礎文献あるいは必須文献だったのである」。その重要な一冊を、できるだけ初心者にもわかりやすいように訳した力作。訳者に乾杯。面倒だが、注にしっかり目を通しながら通読してほしい。解説にも是非目を通してほしい。2016/12/17
てれまこし
5
リクールやアルヴァックス、シュッツなどで言及されてたので、観念して手に取った。かなり密度の高いテクスト一回読んだだけではわかんないけど、時間は意識の流れ(体験流)によって構成されるもので、現在を過去の把持、未来の予持と重なる厚みのある時間という構造をもつと見る。この厚みの中で主体的に意味が生み出される。であるから、即時的な刺激‐反応に偏りがちな今日のコミュニケーションにおいては意味も主体性も貧しくされる。そういう批判と結びつくかと思ったんだが、フッサール自身はそう言ってないから、短絡的な解釈かもしれない。2026/03/11




