幻冬舎ルネッサンス新書<br> 「平穏死」という選択

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幻冬舎ルネッサンス新書
「平穏死」という選択

  • 著者名:石飛幸三
  • 価格 ¥471(本体¥429)
  • 幻冬舎ルネッサンス(2012/09発売)
  • ポイント 4pt (実際に付与されるポイントはご注文内容確認画面でご確認下さい)
  • ISBN:9784779060663
  • NDC分類:490.15

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内容説明

■内容紹介
「寿命を受け入れるという考え方に大賛成! この本を読むと、「死」が怖くなくなります」
――『大往生したけりゃ医療とかかわるな』中村仁一氏推薦!

安らかな死に、医療はいらない――。8割の人が、自宅で死にたいと願いながら病院で死んでいる。安らかな最期を実現するために、患者や家族はどのような知識をもって終末期の医療とかかわるべきか、医師はどのような思想を持つべきなのか。胃ろうを付けられ、寝返りも打てずじっとベッドに横たわったままの高齢者は30万人とも40万人ともいわれている。本当にこのままでいいのだろうか? 人間には本来、自然に、苦痛なく死を迎える機能が備わっている。無理な延命治療をしなければ、苦しまずに穏やかに最期を迎えることができるのだ。延命医療の最前線で活躍する外科医から特別養護老人ホームの常勤医師へと転身した著者の「往生の哲学」が、いずれ死を迎える私たちすべてに、生き方への深遠な問いを投げかける。

■著者紹介
石飛 幸三(いしとび こうぞう)
特別養護老人ホーム・芦花ホーム常勤医。1935年広島県生まれ。1961年慶應義塾大学医学部卒業。外科学教室に入局後、1970年ドイツのフェルディナント・ザウアーブルッフ記念病院で血管外科医として勤務。1972年東京都済生会中央病院勤務。30年にわたって頸動脈内膜剥離術など血管外科の発展に寄与する一方、慶應義塾大学医学部兼任講師として血管外傷を講義。1993年東京都済生会中央病院副院長。2005年12月より現職。診療の傍ら、講演や執筆、メディアを通して、老衰末期の看取りのあり方についての啓発に尽力している。著書に『「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか』(講談社)がある。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

ダージリン

12
日本の延命至上主義の医療への問題提議、法的なことの説明があり、「そうなのか!」としばしば驚きました。そして実際に「平穏死」を迎えられるようにホームで行っている「看取り」の事例を読んで、各職種の連携と家族とのかかわりの大切さを改めて思います。家で最期を迎えることが難しくなっている今、せめて、こういうホームがどんどん増えればいいなと思います。2012/10/23

でんか

8
日本の医療・介護に関して、さきに診療報酬の改定があったので、国の方針はある意味明らかになったのだろう。そうはいっても現場はどうするかだ。ひとの死に際して、医療の介入はいつまで・どこまで必要なのか?どこまでも人的・物的資源を投入することは難しいだろうからして、どこかで見切る(というかなんというか)ことになるのだろう。平穏死、という考え方もその決断の一助になると思う。とはいえ、個々人の選択の範囲を狭めるべきではないとは思う。 2018/01/31

T坊主

8
アメリカでは不適な対応を法で取り締まる事までしているのに、日本では不適切かもしれない事を、罰せられるのではと医者は怯えている。しかも胃ろうをつけた人に対して1年間にかかる医療費と介護費の合計は約500万円、寝たきりで胃ろうをつけた高齢者は30-40万人と、これで毎年1-2兆円の税金が払われている。老衰の果ては病気ではない、保護責任者遺棄と脅す医者、刑法の改正が必要と。食べさせないから死ぬのではない、死ぬのだから食べないのだ。もっと平穏死を医者も国民も認識しなければいけないのでは。2013/01/11

のり

7
以前にも著者の本を読んだことがあり、手に取りました。特別養護老人ホームでの終末期医療の実態について興味深く読ませて頂きました。口から食べられなくなったら、私も胃ろうを作るのはためらわれます。胃ろうを作るのは本人の意思確認はできず、家族による代理確認がほとんど。自分自身だけでなく、家族がもしそうなったらどうするか元気なうちに話をしておこうと思いました。家族もスタッフも自然に看取ることを望んでも、それができる環境がない。平穏死を法律と照らし合わせて考えている部分が印象に残りました。2016/01/05

Yuichi Yamasaki

7
人は必ず死ぬ。日々の生活の中で死を意識する事はあまり無いかも知れませんが、人生のどこかで機会を設けて自分の意思を示せなくなった時(呆けた時などに)周りにどう対応してもらうのか伝えておく必要がある。自分自身の姥捨山をどこにするのか考えた。今の高齢者は今の制度でいいのかもしれない。ただ自分にその時が来た時には年金、医療を含め若い世代に負担をかけない死に方をしたいと思います。2014/01/22

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