内容説明
小説の舞台は大戦中のベルリン。ダダはまだ誕生していない。ダダ以前の青春をいくぶん感傷的に回顧しながら、しかもその感傷をも正確に対象化して書き上げたヒュルゼンベックの自伝小説ともいえようか。闇屋、悪徳官吏、資本家、偽善的慈善事業家、ありとあらゆる戦争利得者が闇のなかにひしめいている。そしてこのワルプルギスの夜を包摂しつつ悪を使嗾しながらその所産のすべてを呑み込んでしまう正体不明の女マーゴットが、三文博士ビリッヒの前に徐々にその美しくもおそろしい相貌を打ち開いてゆく。ハインリヒ・マンの『青い天使』さながらの宿命の女小説の戦時版ともいえそうだが、しかし衰弱してゆくビリッヒの末期の眼には宿命の女マーゴットの仮借のない残酷さと同時にその月光のような愛のかたちがかすかに映じる。かつてファウストのように輝ける知の征服者として天翔けった博士称号者が地に堕ちた信天翁のようにやるせなく翼をすぼめて追いつめられ、果ては清算されてしまう、小説仕立ての残酷なメルヘン。
著者等紹介
ヒュルゼンベック,リヒャルト[ヒュルゼンベック,リヒャルト][Huelsenbeck,Richard]
1892年フランケナウ(ドイツ、ヘッセン)生まれ。作家・詩人・精神医。ダダの鼓手を自負し、1916年チューリヒ・ダダ結成に参加、騒音詩・同時詩の立て役者となる。ベルリン・ダダ運動発起人として多数のダダ雑誌を編集、クラブ・ダダ、ダダイズム宣言、ダダ巡業に参加。『進め、ダダ』『ダダは勝利する』『ドイツは没落するにちがいない』などを刊行し、ダダイズムの宣伝と国際化をはかる。のち、船医となって旅行記を執筆、ニューヨークで精神分析医として成功をおさめる。1974年ミヌシオ(スイス)にて死去
種村季弘[タネムラスエヒロ]
1933年、東京生まれ。東京大学ドイツ文学科卒業。飽くなき知的関心は、思想・文学・美術から食味そして温泉まで無辺際に広がり、人間の様々な可能性を追求し続ける
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