内容説明
熟考、またたく間の決断。世紀を超える実力者たち。
目次
弟・義経を討て!/源頼朝・武家政権確立への決断―その時、一一八五年(文治一)一〇月二四日
関ヶ原合戦・家康、なぞの大突撃/ヨーロッパ製甲胄の威力―その時、一六〇〇年(慶長五)九月一五日
津田梅子・女子英学塾設立の時/女性の真の自立をめざして―その時、一九〇〇年(明治三三)七月二七日
関東大震災・知られざる日米友好―その時、一九二三年(大正一二)九月一日
前畑がんばれ/ベルリンオリンピックの光と影―その時、一九三六年(昭和十一年)八月十一日午後四時
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
α0350α
5
関ヶ原の戦いでも家康の甲冑に焦点を当てた話というのは面白いと思いました。頼朝と義経が考え方の違いから対立していくのも興味深かったです。2015/10/15
あんさん
2
義経と頼朝、家康と南蛮甲冑、津田梅子、関東大震災と日米友好、前畑がんばれ。 独断専行の人の義経は時代が違えばどう生きられただろう。家康の甲冑の話は知らなかった。前畑がんばれはいつも感動的。2021/01/11
まままま
0
前畑と対決したドイツの選手が後から再会し、またプールで泳ぐというエピソードが良かった。本当は平和は難しいことじゃないかも?なんて思ってしまう。
光雲
0
①義経と頼朝の溝は京都育ちと武家育ち、環境によって考え方の違いが出た。義経のスタンドプレーも裏目に②家康と南蛮甲冑→面白い観点、ただ教科書みたいに歴史を学ぶより断然頭に入る。③津田梅大学→日本初女子留学生として素晴らしい功績④関東大震災と日米友好→支援と日本の機密情報が漏れるこの時代ならではの難しい外交⑤ベルリン金前畑→国のためのスポーツ、お守りを飲み込むまでのプレッシャー。ベルリンの次は本当は東京で開かれるんだったのか‥2023/04/07
パペイ
0
徳川家康は火縄銃を通さないような西洋の甲冑に身を包み、関ヶ原の戦いに挑んでいた。また、豊臣恩顧の東軍の武将にも西洋の甲冑を贈ることで懐柔工作を行っていた。 ベルリンオリンピックは、ナチスのためのオリンピックという側面はあるが、前畑とライバル関係だったドイツ選手の心の交流には感動した。2022/12/17