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明石ライブラリー
世界最初のろう学校創設者ド・レペ―手話による教育をめざして

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  • サイズ B6判/ページ数 198p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784750321271
  • NDC分類 378.2
  • Cコード C0336

目次

第1部 ろう教育とその歴史的経緯(言語観、ろうあ者観;ろう教育の揺籃期―スペインとフランスを中心に)
第2部 ド・レペとその時代(生い立ち;聖職者として;ろう教育への道;手話法による教育の試み;ろう教育の展開;ろう教育をめぐって;死と再生)
第3部 ド・レペ以後のろう教育(欧米のろう教育;日本のろう教育とド・レペ)

著者等紹介

中野善達[ナカノヨシタツ]
1959年東京教育大学大学院教育学研究科修士課程修了。広島大学教授、大阪教育大学教授を経て1989年より筑波大学教授。1998年筑波大学を定年退官。佐野短期大学特任教授。全日本聾唖連盟顧問

赤津政之[アカツマサユキ]
東京教育大学理学部、明治大学法学部卒業。出版社編集部勤務を経て現在フリーで執筆・翻訳・編集活動。聴覚障害者協会賛助会員
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出版社内容情報

世界最初のろう学校を創設し、ろう教育に生涯を捧げたド・レペ。手話によるろう教育を考案・実践し、公教育化への道を切り開いた、その数々の業績を伝える。さらに彼以前のろう教育、そして現在にいたる欧米、日本のろう教育とその歴史的経緯についても詳述。

はじめに
第一部 ろう教育とその歴史的経緯
1 言語観、ろうあ者観
2 ろう教育の揺籃期――スペインとフランスを中心に
第二部 ド・レペとその時代
1 生い立ち
2 聖職者として
3 ろう教育への道
4 手話法による教育の試み
5 ろう教育の展開
6 ろう教育をめぐって
7 死と再生
第三部 ド・レペ以後のろう教育
1 欧米のろう教育
2 日本のろう教育とド・レペ
あとがき
主な資料・参考文献
年表
人名索引

はじめに
 ド・レペはフランスの神父で、世界で最初にろう学校を開き、手話を使った教育を始めた人物である。正式な名は、シャルル=ミシェル・ド・レペで、一般には、ド・レペ神父(アベ・ド・レペ)として尊敬され、彼の名を冠した通りがパリやヴェルサイユにみられる。日本では、明治初期に紹介されて以来、ド・レペー、ド・レペイ、レペなど、いろいろな呼び方がされてきた。
 ド・レペが生まれたのは一七一二年で、フランスではルイ一四世が栄華を誇っていた時代である。しかし、彼が歳を重ねるのにしたがい、一八世紀の社会はきしみ始め、やがて、一七八九年七月フランス大革命が起こって、世界は近代へと大きく歩を踏み出した。この年ド・レペは、革命の喧噪をよそに病床にあり、バスティーユ攻撃から半年後に世を去った。革命後生まれた新政府は彼の死を惜しみ、自由、平等、博愛という革命の精神をいち早く実践したとして、彼の業績を高く評価した。
 耳が聞こえない、目が見えないといった障害に対して、日本では、仏教とりわけ法華信仰によって、前世の悪業の現れとする見方が古くから強かった。しかし、キリスト教では必ずしもそうではなく、身体の障害は神の意思の現れで、障また、教育にあたっては個人教授でなく、貧富に関係なく多くのろうあの子どもを一カ所に集めて集団教育を始めた。この集団教育は、現代の学校教育(公教育)に通ずるものであり、障害をもった子どもに対し、それにあわせて行う教育は特殊教育(障害児教育)の先駆けをなすものであった。彼は、後に「世界最初のろう学校創設者」と呼ばれるようになったが、まさにその通りであろう。
 しかし、その後の歴史は、ド・レペが望んだようには進まなかった。逆に一九世紀半ばからは、ろうあ者も、手話ではなく、まず音声語の習得が要求されるようになり、一八八〇年のミラノ国際会議以降、発語(発音、発声)、読話(相手の口の動きから言葉を読みとること)を基本とする口話教育が主流になった。
 二〇世紀に入ってもこの傾向は続き、日本でも明治末から大正初めには、ほとんどのろう学校で口話法が採用された。このため手話は教室の片隅に追いやられてしまったが、二一世紀が近づくにしたがって、手話はろうあ者の第一言語(母語)であるという認識が強まり、手話の使用が世界的に広まり始めた。この背景には、一九六〇年代のアフリカ系アメリカ人(黒人)や先住アメリカ人(インディアン)の公民権