目次
第1章 「余命」を前向きに考える(余命とは余裕をもって残された時間;「これが自分の天寿だろう」と感じたときこそ ほか)
第2章 人はどのように死んでいくのだろうか(いまは、「終活」の時代;長生きは、本当にめでたいことか ほか)
第3章 人には、逝き時というものがある(私ぬ時間がどんどん先に延びていく;巨大な産業となった医療の世界 ほか)
第4章 死を避けない。自分の逝く年を決めてみる。(今年見ている桜を、あと何回見ることができるか;自分はどう逝くか。それを考えてみることは悪いことではない ほか)
第5章 死をイメージしてみる(心の準備とは、死をありありとイメージすること;死のレッスンができるかどうか ほか)
著者等紹介
五木寛之[イツキヒロユキ]
1932年(昭和7年)福岡県生まれ。生後間もなく朝鮮にわたり、戦後引揚げ。早稲田大学中退。66年『さらばモスクワ愚連隊』で第6回小説現代新人賞、67年『蒼ざめた馬を見よ』で第56回直木賞、76年『青春の門 筑豊編』ほかで第10回吉川英治文学賞を受賞。英文版『TARIKI』が2001年度「BOOK OF YEAR」(スピリチュアル部門)に選ばれた。02年に第50回菊池寛賞、04年に仏教伝道文化賞、09年に第61回NHK放送文化賞、10年に『親鸞』で第64回毎日出版文化賞特別賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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それいゆ
89
「元気で長生き」ではない高齢者が数多くいます。寝たきりで介護され、無理に生かされている、そんな人たちが何と多いことか。私自身が人間ができてないので、これからの時間をいかに豊かに生きるかの覚悟など今はまったくない状態です。人生五十年と考え、その後の人生は余命であると覚悟し、残された時間をどう生きるか、以前読んだ「下山の思想」で登山の際とは異なる目標や姿勢が必要だと書いてありましたが、体が動かなくなるまで働き続けるのではなく、別の人生を過ごすのが幸せなのかな?と思いました。2015/06/08
starbro
17
私よりも親の世代向けのような気もしますが、人生の後半戦に突入していますし、今後の余生を考える上で、道標となる書です。著者が延命治療に否定的で安楽死に肯定的なところは共感できます。著者と違って、私は宗教は必要悪だと考えており、無神論者ですが、死に逝くには避けて通らざるを得ないのかも知れません。2015/05/17
kiho
14
今で精一杯で先のことなど…と過ごしてきたけど、あっという間に人生の後半に近づいていくのだと実感させられる⭐穏やかな文章だからこそ、じんわりと響くものが…。2016/02/06
ZEPPELIN
6
論語でいえばようやく立ったところなので、自分の余命について考えることはあまりないけれど、高齢化社会は日本の現実の問題。五木さんの仰る通り、元気な老人なんてのは本当に一握りであって、孤独死や老老介護の末の殺人なんていうニュースを聞くと、とてもじゃないけれど長寿を手放しで称賛は出来ないし、生と死をどう考えるべきなのかも分からなくなってくる。自分の意識がない状態は果たして生きているといえるのか。人の世話になってまで生きていなくてはならないのか。このテーマは本当に重い2015/05/27
黒豆
5
30歳60歳が大きな区切り、80歳になったら八つ以上の病気を抱えている、余命を考えることのできる人生は、余裕のある人生です。との記載、自分も60歳を過ぎ大きな病気を抱えている。飲んでいる薬の種類を数えてしまった。また、年をとり寝たきりや周りに不快な思いをさせて平気な年寄りのこと、などいろいろと考えさせられた。2015/05/25