出版社内容情報
裏切りには、慣れた。やさしくされるのは、まだ少しつらい。吉原を舞台に、江戸のさまざまな時代に、はかなくも逞しく生きた女たちの心揺さぶる物語。
――どうして何も言わないの。あたしに気があるんでしょう。
元禄十五年の暮れに起こった赤穂浪士の討ち入りは、世間に大きな衝撃を与えた。そして、その義挙にかぶれた皆川藩米倉家の下級武士、大下彦十郎はささいなことから刃傷を起こした挙句、出奔。その後、娘のおなつは兄や母と共に江戸へ出て来たものの、身を持ち崩した兄、彦之助の手で吉原に売られてしまう。以来、男など二度と信じるものかと固く心に誓い、嫌々客に身を任せるうち、売れない女郎と成り果てていた。ところがある日、おなつは張見世越しにじっと自分を見ている浪人に気が付く。毎晩通ってくるくせに、登楼するでもなく、声をかける訳でもない。ただじっと見つめているだけの男は何が目的なのか……。(「素見」)
――おや、ぬしも聞いたでありんすか。そういえば、八ツを過ぎんしたなぁ。
寛政の頃、紫乃屋の二階座敷から夜更けにすすり泣きが聞こえるという噂がたった。ご改革のあおりで店が傾き、大店の小町娘が自ら望んで身を売ったものの、いよいよ客を取る日が迫って辛抱できずに自害。それから聞こえるようになったという泣声は、果たして未練か怨念か。そんな噂がアダとなり、見世はあいにくガラガラだ。女郎の藤ノ江もお茶を挽く日が続いていたが、突然兄が訪ねて来て「金を貸して欲しい」と頼まれてしまう。ひとり息子の面倒を頼んでいる手前、嫌とは言えない藤ノ江が楼主に借金を申し込むと、金に汚い男から恐ろしい頼みごとを持ちかけられ……。(「泣声」)
――わっちが女郎になったのは、十五のときでありんした。
慶応四年、徳川幕府は官軍に江戸城を明け渡し、恭順の意を示していた。直参を誇った旗本御家人は困窮し、また一部の若者は彰義隊と称して上野に立てこもり、官軍と一戦を交えようとしていた。直参として生まれたものの、すでに刀を捨て町人となっていた保次郎は、肉親や知人が直面する現状を知って胸を痛める。今更自分は関係ないと知らん顔ができるほど、薄情な人間ではなかったからだ。しかし、保次郎には言い交わした女郎がおり、女は一緒になれる日を指折り数えて待っている。一体どうすればいいのかとひとり悩んでいる間にも、上野戦争の日は刻々と近づいていく……。(「夜明」)
奥田英朗、角田光代両選考委員の絶賛を受けて、第2回小説宝石新人賞受賞作を受賞した「素見」をはじめ、江戸時代を通じて存在した御免色里・吉原を舞台に繰り広げられる五つの物語。夢を諦め、希望を持つことを自らに禁じた女たちが図らずも出会い、それゆえに思い惑う。新鋭、初の短編時代小説集。
収録作品
素見
色男
泣声
真贋
夜明
(著者より)
この短編集は宝永年間(「素見」)から始まり、慶応年間(「夜明」)で終わっています。その間は約百五十年ですから、現代から幕末までの時間の長さとほぼ一緒――と気が付いたとき、徳川幕府がいかに長期政権だったかということを改めて実感しました。そして、その長い年月の間に社会や文化、習慣が変わらないはずはないと思う一方で、何百年経とうとも変わらないものはあるとより強く感じました。
内容説明
高い評価を得た「素見」をはじめ、江戸時代を通じて存在した御免色里・吉原に繰り広げられた五つの物語を収録。第2回小説宝石新人賞受賞作収録。
著者等紹介
中島要[ナカジマカナメ]
早稲田大学教育学部卒。2008年、「素見」で第2回小説宝石新人賞を受賞。2010年、『刀圭』で単行本デビュー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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