内容説明
地球の危機を救うべく「宇宙?」から派遣されたピンチランナー二人組!「ブリキマン」の核ジャックによる民衆の核武装?…。内ゲバ殺人から右翼大物パトロンの暗躍までを、何もかもを笑いのめし、価値を転倒させる道化の手法を用いて描き、読者に再生への希望と大笑いをもたらす。死を押しつけてくる巨大なものに立向い、核時代の「終末」を拒絶する諷刺と哄笑の痛快純文学長編である。
著者等紹介
大江健三郎[オオエケンザブロウ]
1935(昭和10)年、愛媛県生れ。東京大学仏文科卒業。在学中に「奇妙な仕事」で注目され、’58年「飼育」で芥川賞を受賞。以後、常に現代文学の最先端に位置して作品を発表し、’94(平成6)年、ノーベル文学賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ヴェネツィア
323
大江自身の(あとがき)によれば、本書は『個人的な体験』にはじまる一連の「体験」の集結点であるらしい。この小説の構造を大江は明確だというが、その実なかなかに複雑である。これまでは私小説風に(あくまでも風にだ)自己と息子のことを語ってきたが、ここにきて森・父を仮構し、自らはその「幻の書き手」として物語っていくのである。しかも、反動勢力の「大物A氏」や、左翼の「ヤマメ軍団」を登場させたりと、ことさらに陳腐さを装う。そして、内ゲバも核兵器もまた笑劇の中に遠ざけてしまうのである。作家の意図はともかく、それは⇒2018/01/26
榊原 香織
70
彼の作品は初期のは好きだけど、問題の子供が生まれてからのはわかりにくい。 スラップスティックだけど笑えない。 学生運動、核の恐怖、の時代も昔的。 神話、SFなど魅力的要素も魅力を発揮できてない。2022/02/11
メタボン
30
☆☆☆☆ 大江の独特な文体で作用される高尚な笑い。その気分に浸ることは愉しくもあり切実でもある。「ピンチランナー調書」は、一つの到達点であり、一つのスタート地点ともなっている。父と息子との「転換」。それがこの小説を前に進める巧妙な異化装置となっている。全体的には冗長さが否めぬが、小説における想像力を十分に満喫できる作品。2020/07/13
ちぇけら
23
重苦しい大江健三郎から、道化の大江健三郎へ。地球の危機を救うべく派遣されたピンチランナー。ある意味で《日常》というものが『個人的な体験』から続いてきた気がする(というほどは読んでないけど)が、一転した感じ。核、というテーマは今また再燃しているところだ。ただ突き上げてくるような大江健三郎の文章の力が、道化の裏に隠れてしまっていて残念。2017/11/08
しゅん
19
「二人」(親と子、プラス子が障害を持つ親同士)の関係と生真面目かつ滑稽な社会運動が言葉を産み出していくのは『万延元年のフットボール』と一致しているが、ここでは「語り手」と「ゴーストライター」の二重性が強調される。あとがきで語られる通り大江は表紙の絵(とそれに対する息子の反応)に刺激を受けており、大江作品全体に関しても挿画と言葉の関係はもっと考えたい。疾走感というより暴走感のある小説なので意味よりスピードを感じて読むのがいいと思うが、その速度に律動を与える「森・父」の口癖「ha,ha」が癖になる。2022/10/04