出版社内容情報
【内容紹介】
上巻のカドゥヴェオ族に続き、下巻ではボロロ族、ナムビクワラ族などの社会構造を解明しながら、著者は民族学者としての自己から自己への対話を進めていく。そこには、日没が終りで始まりである熱帯を象徴する円環が構成の中にも思考の中にも張りめぐらされ、著者自身が象徴の輪の中に組み入れられていく課程が告白されている。親族の理論、神話の論理、原始的分類の理論の三つの主要課題を持つレヴィ=ストロースの必読の代表作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
∃.狂茶党
17
第七部ナムビクワラ族『家族生活』という章は、読みやすいし、印象 的。 ナムビクワラ族の生活が綴られている。 全体の三文の二あたりに位置しますが、こういったことを確認するために、レヴィ=ストロースは、旅をしてきたのではないか。 そこから、無文字社会で、文字が盗用される顛末が描かれる。 それをきっかけに、文字の持つ役割、権力との関係が考察されていく。 このくだりはなかなかスリリングで、センス・オブ・ワンダーを感じてしまう。2023/04/30
ハチアカデミー
17
A a.k.a. 『悲しき熱帯』。文化・文明が成熟するにつれて失われてしまった人間の根源を求める旅行記であり、少数民族の生活を考察するフィールドワークのレポートであり、かつそれらを背景に思考するエセーである。民族の生態をただ観察するのではなく、そこから導き出した社会の仕組みを、いまという時代にも当てはめて考察をする、鋭い文明批評の一冊でもある。先進国の文明はけして先進ではなく、また未開の文明はけして未開ではない。それぞれの文明の構造を探ることで、人間社会の成り立ちを明らかにせんとする刺激的な一冊!2012/06/11
gorgeanalogue
13
酋長タペラヒが夜中に突然一人で朗誦を始める場面と、ショパンを引き合いに「予兆」について語る場面が感動的。(音楽的な「歩み」、それが)「旅というものであったのだろうか…私の記憶の砂漠の探検であったのだろうか」。訳者は著者の美学は嗅覚的だと指摘しているが、ある経験に際して確かに嗅覚は予兆的で、視覚的現前より「現前的」ということがあるんだろう。1955年からさらに世界はすっかり変わってしまったからなのか、終章の宗教文明論は難しい。2024/07/01
どらがあんこ
10
下巻を読み終わって上巻を含めパラパラとページを繰ってみると「灰の他になに一つ手中にはおさめなかった唯一人としてとどまった方がよいのではないだろうか。」という著者の問いかけが見つかる。彼の視点の空白感や情景描写に対する「幻滅」という単語の多さ、知ることに対する自己欺瞞がそこらに溢れている。やはり苦悩が読み取れるのが良いですね。2019/04/08
嫁宮 悠
5
相変わらず観念的な記述は難解な部分が多く、旅行記として読むことで妥協した。未開人の調査のため、河を遡行しながらブラジル奥地へと進む。その苦労は並大抵のものではなく、常に飢餓と死が隣り合わせだったのだと思う。未開人の社会はひとつの完結した社会ではあるが、社会そのものが自然の一部でもある。食料の不足や疫病、人口減少といった彼らの問題は、文明社会にも無縁のものではなく、むしろ文明社会の縮図を見る思いがする。同時に、われわれ文明社会も、結局のところ自然の一部であることを改めて思い出させてくれる。 2021/08/18
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