ゲノム医学の最先端と世界のバイオベンチャー―激動する世界のバイオ研究と日本のサバイバル戦略

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ゲノム医学の最先端と世界のバイオベンチャー―激動する世界のバイオ研究と日本のサバイバル戦略

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  • サイズ B5判/ページ数 222p/高さ 26cm
  • 商品コード 9784897066653
  • NDC分類 460
  • Cコード C3047

内容説明

ゲノム技術、再生医学、遺伝子治療、創薬ゲノム研究の最先端と研究者の目から評価したバイオベンチャーの最新動向をリポート。

目次

序章 生命科学とバイオベンチャー
1章 バイオベンチャーの役割と産学連携(バイオベンチャーの必須要素;バイオ産業を推進するネットワークとは ほか)
2章 日本のバイオベンチャー発展には何が必要か(大学・企業の連携モデル:先端医療システムとトランスレーション;医薬品研究開発における大学等公的研究機関・バイオベンチャーと行政の役割 ほか)
3章 ゲノム医学の最前線をゆく世界のバイオベンチャー(ゲノム情報系ベンチャー;テクノロジー開発ベンチャー ほか)

著者等紹介

新井賢一[アライケンイチ]
東京大学医科学研究所所長。専門は生化学・分子生物学・分子免疫学・情報伝達学。1967年東京大学医学部卒業。’74年東京大学医学系大学院博士課程修了。’74~’81年東京大学医科学研究所助手。’77~’80年スタンフォード大学医学部生化学教室(Arthur Kornberg教授)留学。’81~’90年DNAX分子生物学研究所分子生物学部長。’84~’90年スタンフォード大学医学部生化学教室客員教授。’89年より東京大学医科学研究所教授(現在、染色体制御分野担当)。アジア環太平洋分子生物ネットワーク(Asia‐Pacific IMBN)代表。MCBNユネスコ分子細胞ネットワーク委員

浅野茂隆[アサノシゲタカ]
1968年、東京大学医学部卒業、内科臨床研修を経て、’70年、東京大学医学部第三内科へ入局。東京医科歯科大学生化学教室、自治医科大学造血発生部門および豪州ウオルター・エライザ・ホール医学研究所へ留学。’80年東京大学医科学研究所附属病院内科講師、’90年同研究所病態薬理学研究部教授、’92年東京大学医学部第四内科教授を経て、’94年より東京大学医科学研究所病態薬理学研究部教授および同附属病院病院長、2000年同研究所先端医療研究センター長を併任。サイトカイン、細胞療法、遺伝子治療

金島秀人[カネシマヒデト]
1978年名古屋大学医学部卒業。医師、医学博士(病理学、免疫学専攻)。名古屋大学医学部助手を経て、’86年より米国、スタンフォード大学医学部に留学。ヒトの実験的研究を可能とするモデル実験系、SCID‐huマウスを確立し、’88年末、指導教授らとバイオベンチャー企業、SyStemix社を創設した。細胞治療、遺伝子治療の研究チームのディレクターとして新規治療法の開発に参加した後、’99年よりバイオ分野のコンサルタント、2000年2月より、東京大学シリコンバレーオフィスのディレクターも務める

宮島篤[ミヤジマアツシ]
東京大学分子細胞生物学研究所教授。1980年東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了後、静岡大学理学部助手。’82年DNAX研究所に留学。’83年同研究所研究員、’88年同主任研究員。’94年より現職。研究分野はサイトカイン受容体、シグナル伝達、血液と肝臓の発生

吉田文紀[ヨシダフミノリ]
Amgen株式会社代表取締役社長、Amgen米国本社副社長。1949年東京生まれ。’71年学習院大学理学部卒業。’73年マサチューセッツ工科大学大学院修士課程修了。ハーバード大学大学院において経営学、医療政策論研究。’75年同大大学院修士課程修了後、三菱商事入社、医療事業部勤務。’77年エイ・エイチ・エス・ジャパン入社、理化学機器部営業部長。’80年日本バイオラッドラボラトリーズ株式会社創業、代表取締役社長。’83年日本ディジラボ株式会社(日本バイオラッドの100%子会社)創業、代表取締役社長を兼務。その後日本シンテックス株式会社代表取締役社長を経て、’93年Amgen株式会社創業、現在に至る
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