目次
南向きの小部屋
小さな顔
神社祭礼前日
ゆめあさがほ
誰もあなたを
よい天気は怖い日
はいと振りむく
白梅
光
大凧〔ほか〕
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
新地学@児童書病発動中
118
涙が止まらなくなる本だった。最後のあたりでは声を出して泣くしかなかった。乳癌と闘って、亡くなった河野裕子の最後の歌集。なぜこれほどまでに心を揺さぶられたのだろうか。死を覚悟しながら、それでも歌を詠み続けた歌人としての姿勢に圧倒され、運命と正面からぶつかっていく気高い生き方に、胸を打たれたのだと思う。それから残していく家族への想いの深さ。それが書かれた歌を詠むと切なくて、つらくて胸が張り裂けそうになった。2014/04/30
夜間飛行
53
《この部屋の日差しの中に言うてみる淡い空やなあ片頬杖に》《生きよう この部屋のドア開けしとき部屋が言ふやうに私も言へり》生きよう、静かに強く!《この頃の日和続きにふつくらとたくさんのゑくぼ、茶の花が咲く》《しがみついて生きてゐたくはあらざれど一生(ひとよ)を生き切りことばは残す》花のゑくぼが眼に見えるような覚悟に胸打たれる。《死より深き沈黙は無し今の今なま身のことばを摑んでおかねば》《こゑそろへわれをいづへにつれゆくか蝉しんしんと夕くらみゆく》《水たまりかがみてのぞく この世には静かな雨が降つてゐたのか》2016/02/13
双海(ふたみ)
16
河野裕子の死の前日までの427首を収録。そういえば私が塔に入ろうと思ったのは河野さんの歌集がきっかけだった。大事な歌集だ。「冬枯れの日向道歩み思ふなり歌は文語で八割を締む」「水の面に落花してゆく夕桜白く透きつつあはれにぞ見ゆ」「みちのくに白コスモスを見たる日は健やかなりき君の傍へに」「みほとけに縋りてならずみほとけは祈るものなりひとり徒(かち)ゆく」「わが知らぬさびしさの日々を生ゆかむ君を思へどなぐさめがたし」「カーテンのむかうは静かな月夜なり月のひかりにぬれつつ眠る」2023/06/22
松本直哉
16
若き日に産褥で「しんしんとひとすぢ続く蝉のこゑ産みたる後の薄明に聴こゆ」と詠った歌人はいま死の床で「身動きのひとつもできぬ身となりて明けの蝉声夕べかと問ふ」と詠う。時間が薄明なのも同じ。昼と夜の、そして生と死のあわいに響く蝉の声。花火のように祭のように、賑やかなのに儚く、短い命を懸命に生きてひたすら歌う蝉は、癌に冒されながらも死の前日まで詠うことをやめなかった歌人の姿に重なる。なのに悲愴感はなく、不思議なほど透明で澄みわたった言葉の音楽。「蝉声」は「センセイ」。その清冽な清音がこの歌集の調べを象徴している2015/06/02
スイ
12
「何といふ夏が来たものか紅いろのほうせん花さへ白じらと咲く」 死に向かう日々、その前日まで詠まれていた歌には、もちろんその状況の圧倒性もあって歌だけを読むのは難しいのだけど、それでもやはりこれは死の力ではなく歌の力なのだと思う。 ずっと抱えていたいような歌ばかり。 「よい天気は怖い日ゆゑに梅干をふたつ入れたるおむすび握る」 2023/07/16